第10話 フォロワーの記憶がリーダー評価の決め手です!
今回もお読みいただきありありがとうございます。前回の第9話では、「リーダー・プロトタイプ像」に加え「プロトタイプ的行動」、「モデリング」という概念を用いて、リーダー行動について説明しました。今回は、リーダーを評価する拠り所となる、フォロワーが持つ「リーダー・プロトタイプ像」と「プロトタイプ的行動」について、その差異について、リーダーを認識する情報処理プロセスの観点からもう少し詳しく考察してみたいと思います。
第9話で述べたとおり、過去の経験や小説や映画等からフォロワー自身が思い描くリーダーの特性が、フォロワーが持つ「リーダー・プロトタイプ像」です。そして、その際のフォロワーが思い描くリーダーの行動が「プロトタイプ的行動」です。リーダーの影響の受け手であるフォロワーは、現実のリーダーと自身が思い描くリーダー像、つまり、フォロワーが持つ「リーダー・プロトタイプ像」や「プロトタイプ的行動」とを比較しながら、リーダーを評価します。
「リーダー・プロトタイプ像」も「プロトタイプ的行動」も、人間が生得的に所有しているのではなく、学習や経験によって後天的に形成されたものであることから、自分自身の記憶の中に存在しています。
ここで、人の記憶との関係について、少し記しておきたいと思います。人の記憶の分類には、様々な議論がされていますが、時間的なものに着目すれば、短期記憶と長期記憶に区別することができます。さらに、記憶の内容に着目すれば、意識上に浮上するもので、言語や像などとして表現可能なものである陳述記憶(declarative memory)と、意識に浮上しないもので行為にのみ表現される、例えば、楽器の演奏や自転車に乗ることなどの手続記憶(procedural memory)に分類できます。そして、陳述記憶(declarative memory)は、社会一般に通用する意味、例えば、「日本の首都は東京である」とか、「平成の後の元号は令和である」などの知識の記憶である「意味記憶(semantic memory)」と個人的な出来事、例えば、「今朝8時に起きて朝食を食べた」など、自分に起こる出来事の記憶である「エピソード記憶(episodic memory)」が存在します。さらには、自己の体験の「エピソード記憶」と自己に関する「意味記憶」を併せ持つ記憶に、「自伝的記憶(autobiographical memory)」とがあることが指摘されています。「リーダー・プロトタイプ像」や「プロトタイプ的行動」は、自己に密接に関係しているリーダーとのエピソードから個人的に意味づけされて、「自伝的記憶」として保持され、リーダーを評価する拠り所となっていると考えられます。
では、フォロワーはどのようにして、リーダーを評価しているのでしょうか。第8話で説明したとおり、「リーダー・プロトタイプ像」による情報処理は、「再認過程」という情報処理プロセスであり、直感的に瞬時に判断される「自動処理過程」でした。皆さんが、職場や各種サークル等で出会った、フェイス・ツウ・フェイスで接したリーダーに初めて会った時やリーダーが交代したときのことを思い浮かべてください。直感的に「何かとっつきにくそうな人だ」、「信用できそうにない人だ」「優柔不断そうな人だ」などのネガティブな印象、あるいは、「誠実そうな人だ」「とっつきやすそうな人だ」などのポジティブな印象を描いたこともあるかと思います。もっと平たく言えば、「馬が合わない」とか「馬が合う」とかいう表現の方が、ひとことで表せているかもしれません。これはすなわち、自分自身の所有している「リーダー・プロトタイプ像」と現実のリーダーとの比較による情報処理を行った結果です。その後、例えば、そのリーダーと接し、相互影響関係を続けながら、ある程度時間をかけてリーダー行動を評価するにつれて、「最初はとっつきにくそうな印象でネガティブな印象だったが、気さくに、話しかけてくれたりするし、決断力もあり、自身の思い描くリーダー像とも整合性が取れており、ポジティブなものに変わった。このリーダーなら、組織をより良い方向に導いてくれそうなので、この人ならついて行ってもよい。」と思うようになったとしますと、自分自身の所有している「プロトタイプ的行動」と現実のリーダー行動との比較による情報処理を行った結果です。
第8話で、日ごろ接触することが少ないリーダーに対しては、明らかにされた行動の結果や特徴を拠り所として、合理的な推論に基づく「推論過程」により判断し、日ごろからよく接触しているリーダーには「リーダー・プロトタイプ像」に基づく、「再認過程」が用いられる傾向にあることを述べましたが、人の情報処理プロセスは、実際には単純に2極に分解できるものではありません。現実の日常生活では、フォロワーはリーダーについて、できるだけ多くの情報を集め、二つの情報処理を駆使しながらリーダーを評価して、その影響力を受け入れるか否かを判断していると考えられます。「推論過程」と「再認過程」について、処理すべき情報処理の量に注目すれば、フォロワーに時間的余裕や情報的な手掛かりが十分にある場合には「推論過程」が起こり、フォロワーに時間的余裕があまりない場合や情報的な手掛かりがない場合には、「再認過程」が生じる可能性があることも研究で明らかになっています。
先ほどの例で説明しますと、初めてあったリーダーに対しては、時間的な余裕やリーダーに関する情報的な手掛かりが少ないので、「リーダー・プロトタイプ像」に基づいて「再認過程」による直感的な情報処理を行い、その後リーダーと接する機会が多くなるにつれて、リーダーに関する情報やリーダー行動を判断する時間的な余裕も生まれてくることから「プロトタイプ的行動」に基づく「推論過程」による情報処理を行ったのだと考えられます。
以上まとめますと、「リーダー・プロトタイプ像」や「プロトタイプ的行動」は、「自伝的記憶(autobiographical memory)」として保持され、その記憶を使って、現実のリーダーを評価する。そして、「リーダー・プロトタイプ像」は、「再認過程」による情報処理プロセスで、ほぼ直感的、自動的に認識され、「プロトタイプ的行動」はリーダーとの相互影響関係により、「推論過程」による情報処理プロセスを使って認識されているということです。
一人でも部下を持つリーダーは、これらの結果をどのように役に立てればいいのでしょうか。巷にはたくさんのリーダーシップに関する書籍等があふれています。多くの書籍では、リーダーはこうあるべきとか、このように行動すれば組織成果が向上するとか、リーダー側からフォロワーへの一方的な説明が多く、フォロワーが何故リーダーについて行くのかというフォロワーの認知面も含めた観点からの書籍等はあまり見かけないように思います。リーダー行動をとるのはあくまでもリーダーですし、行動の変容をするのもリーダーですが、リーダー行動の変容というリーダーからフォロワーへの一方的な視点だけではなく、フォロワーの認知と行動を含めた相互影響関係という面も考慮に入れた上で、リーダー行動を考えることが必要です。
一人でも部下を持つリーダーは、自身の行動のみでなく、その行動をフォロワーがどのように受け止めるかについて意識したうえで、絶え間ないフォロワーとの相互影響関係を通じて時には自身のリーダー行動に修正を加えながら、リーダー行動を積み重ねていくことが大切です。
(参考文献)
金城 亮(1993)「リーダー行動と集団成績がリーダーシップ評定と結果の原因帰属に及ぼす影響」『実験社会心理学研究』第33巻,第2号,155-167頁。
淵上克義『リーダーシップの社会心理学』ナカニシヤ出版,2002年。
山鳥重『脳のふしぎ 神経心理学の臨床から』そうろん社,2003年。