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旅【エッセイ・読書感想文】一二〇〇字

 昨年七月に広島に出かけ、今年は長崎に行こうと決めていた。しかし、このコロナ禍、やむなく延期する。ゴーツー・トラベルを利用し旅行するひとが増えたが、私は、“美味しいものはあとで食べる”質なので、終息してから、晴ればれとした気分で出かけたい。
 そんな「巣ごもり」の中、広告で目にした『灯台からの響き』を手にする。主人公と一緒に灯台を巡りながら旅気分を、味わおうと。
 宮本作品は三十代初め、「川三部作」、『錦繍』『青が散る』を立て続けに読んで以来。
 主人公・牧野康平は、二年前、妻・蘭子が五八歳で急逝したことを機に、二人三脚で営んできた中華そば屋を閉める。その中、三〇年前蘭子に届いた葉書が、ある本に挟まっているのを見つけたことから、物語が始まる。
 灯台巡りをしたことが書かれ、下に海岸線らしき線と灯台と思われる黒点が細線で描かれているだけの、謎の大学生からの絵葉書。
 だが当時、蘭子は差出人には覚えがないと、「私はあなたをまったく知らない———」という返信の投函を、康平に依頼したのだった。
 ネットで紹介しているアラスジのほとんどは、「謎解きの旅」になっている。しかし、絵葉書がきっかけではあるが、その絵がどこなのかの興味はあっても探すのは困難と、はなから頭になく、灯台巡りは、最初は名目だった。単に灯台の写真集で犬吠埼灯台を目にし、蘭子が亡くなってからの出不精を改めようと、隣県の房総を訪ねたというのが正解。ただその後、途中で末っ子と一緒することになり、大学院進学の話を聞き、店の再開を決意する。さらに再開前に名古屋で働いている長男に会っておこうと思い立ち、あくまでもついでに伊勢志摩を訪れることになる。が、伊良湖岬灯台で怪我し、再開を延期する。大学院の話がなければ旅を続けていただろうが、怪我がなければ旅はなかった。「大学院」と「怪我」の偶然が重なり、まるで蘭子が天国から導いているかのように、青森から、「謎解き」の地・出雲と日御碕灯台に、近づく。
 私は、主人公と旅を味わうために、グーグル・マップで追った。九基の灯台を訪ね、康平たちが食べたであろう料理も、ググった。父からの秘伝のスープにさらに拘り、実在していたら読者が食べたくなるほどの、「世界一」の中華そばには傾注するが、康平はグルメじゃないようで、私の食指は動かなかった。が、ある料理だけは違った。末っ子が房総御宿で食べる「伊勢海老のように太いエビフライ三本の定食」。外房黒潮ラインから、末っ子が康平にナビする通りにマップを追うと、あった。「白鳥丸」という店。確かに太いのが三本。描写通りに店の前には幟も立っている。
 康平たちとの旅はバーチャルだが、灯台の孤高の美しさに、つかの間の旅気分を味わった。終息後はぜひ、犬吠埼灯台を訪ね極太エビフライを食べよう。そして何よりも、謎解きの出雲で蕎麦を食べ、日御碕灯台に「敬礼」をして、今年行けなかった長崎に、向かおう。

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