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採用のための人的資本情報開示のポイントを3つに絞るなら

2023年3月期以降は、有価証券報告書を発行する大手企業約4000社を対象に、人的資本の情報開示が義務付けられます。

人的資本の情報開示は投資家のためのものだけではありません。
人材を企業価値に直結する「資本」とみなすのが大前提であるならば、
人材を獲得する「採用」にこそ、その本質的な目的があります。

採用広報を鑑みたディスクロージャーにおいて、
最も重要なポイントをまとめます。

ISOのガイドラインなどでは40を超える項目の例があり、情報開示項目を考えうるものをすべて考えているのでは、特に採用広報という観点ではあまり効果的ではありません。「あれもこれも」という情報は結局何も伝わらないからです。投資家は分析者ですが、求職者はそうではありません。

本当に重要なことは3つだけです。これらについて求職者にとって魅力的な内容があり、分かりやすく伝わっていれば、獲りたい人材の志望動機は飛躍的に上がります。
また、現状このようなことは採用プロセスコミュニケーションの中でしっかり訴求されているかと言えば、ほとんどのケースでされていないため、今いち早く行うことは差別化的な効果もあります。

Twitterで絶賛されていたため、富士通の統合レポートを参考に説明していきます。
https://pr.fujitsu.com/jp/ir/integratedrep/2022/pdf/all.pdf

①人材がどう育成され、社会の中でどう人材価値が高まるのか?の開示

人生100年時代、転職が当たり前の時代、VUCA時代、などと言われる中で、求職者は漠然とした不安を抱えています。自身の人材価値がどう上がっていく(どんな体験的報酬を得られるのか)のかを気にするようになっています。

富士通の場合、「DX人材」のキャリア形成を支援する、とその定義とともにうたっています。

DX人材としてのスキルを高めるために、「パーパス」「デザイン思考」「アジャイル」「データサイエンス」などのテーマによって実践型プログラムを展開しています。

また、異動や上位ポジションへの機会を社員自ら希望することができる制度を設けているようです。社内の空きポジションが不透明な会社が多い中で、この透明性は社員自身がキャリアを考える上でのきっかけとなりますね。


学びをテーマとした大規模なイベントを開催しています。

Udemyと提携し、オンデマンド型学習プラットフォームで学習プログラムを受けることができます。

コストをかけたり大規模なイベントなどできないと考える人事担当者もいるかもしれません。筆者はコストをかけてLMS※を導入したりすることが本質的な点であると思いません。

ここで重要な点は、

「会社としての学びを推奨するカルチャーを醸成しており、自身の仕事に対する解像度を上げている」

ことだと思います。学びを推奨するカルチャーを醸成するために、イベントでなくても「こんなことを呼び掛けている」「こういった情報発信をしている」などの取り組みを紹介できます。社内への情報発信はコストをかけずにおこなうことができます。

自身(自社)の仕事に対する解像度を上げている、ということは最も重要なポイントに思います。これはどういうことかというと、自社に存在する仕事において、「どういった力が肝として必要なのか、どういった力が身につくのか」を言語化するということを意味します。

例えば「営業」の仕事があった場合、「営業力が必要で営業力が身につく」と言っているだけでは、全く人材を資本として分析できていないことになります。

  • 自社の営業力を分解するとどういうスキルに分けられるか?

  • それはどのようなステップになるのか?

  • そのうち特にどれが重要か?重要でないか?

  • それは転職の際どのように活きるか?

  • 営業職で求められる力は昔からどのように変わっているか?

  • 今後営業職でより求められる力はどのようなものか?

  • それはどのような経験から身につくか?

  • 営業のハイパフォーマーとローパフォーマーで何が違うか?

  • 自社と競合で営業力として必要なものは何が違うか?

  • 他社以上に自社で求められる特徴的な力は何か?

これらを思考し、議論し、言語化し、情報開示することが重要なのです。特に人事部門は、社内その他の部署の仕事をすべて把握しているわけではありませんので、その情報を日々現場との情報交換や議論の中で、具体化、抽象化、整理を繰り返していく必要があります。

日本のジョブ型採用の先駆者として注目度の高い日立の場合でも、人事部門がジョブ型に取り組む際、まずは「人事の仕事の本質って何だろう?」から始めたそうです。「自分の仕事なんてよくわかっている」ではなく、それに向き合い、思考を深め、言語化する、議論する、その過程こそが人的資本マネジメントだと考えています。

またそうやって紡ぎだされた言葉によって、他者ではない自社の輪郭が求職者からはっきりします。
すぐやめるような人材の獲得は多大なコストの無駄です。どこにでもありそうな手あかのついた、美辞麗句を並べた採用広報を振りかざしたところで、入社してからのギャップを大きくするだけであり、早期離職へつながります。
採用側は求職者に「その人らしい独自の言葉」を求める一方で、自身は浅い、ありふれた言葉を使いPRしていることが多いですね。
これは人的資本経営の情報開示からかけ離れたスタンスです。

「我々の仕事はこうである」と完全無欠に定義づけることも適切ではありません。時代は変わり、企業や人材に求められることも変わります。考え続けること自体がマネジメントです。情報開示はその土台があるからこそ、質の高いものができるというわけです。

②人材がどう評価されるのか?の開示

富士通ではグローバル共通の評価基準を設けることを明示。幹部の評価に用いていた3つの視点(インパクト・行動・成長)での評価を一般社員にまで広げるとされています。

Connectという人事評価制度では富士通グループと個人のパーパスを結び付け(コネクトし)、3つの視点で評価するとしています。

こちらは役員報酬に関する情報です。一般社員が社内で描くキャリアステップのイメージにつながりますし、役員に対する評価基準は一般社員に対する評価基準と重なる部分が大いにあると考えるのが妥当ですので、社員が「何を意識して頑張ればいいのか」と考えるヒントになるでしょう。

従来の日本型雇用慣行では、ジョブ定義の曖昧な役務をベースにしていることもあり、社員への評価に対する基準が極めてあいまいなものでした。「君もそろそろ課長かな」という日本企業によく発言は、一橋大学の伊藤邦夫先生が指摘されているように、「長く働けば(その能力や実績は可視化できていないけれども)ステータスを与えねば」という考えに基づくものであり、従業員の関心が、仕事そのものに向き合うよりも社内政治や人間関係に向けさせる余地や、大量に生産性の低い社員を産むものでした。

目まぐるしく経済構造が変わり、常に時代に合わせたスキルの向上、企業価値の向上がスピーディーに求められる今、そのような考え方は致命的であり、「仕事の価値は何なのか」を思考し、適切なメトリクスによって「どう評価するべきなのか」を明確にしなければなりません。

企業組織の上位レイヤーと下位レイヤーで評価の基準が違う、あるいはブラックボックスであるという状態も、日本企業では珍しくありません。それは従業員のモチベーションに大きく影響します。

③人的非財務指標が何にどうつながるのかの開示


富士通では、財務指標・非財務指標の関係の解明に向けて、タスクフォースを創設しています。
人的資本経営において重要な非財務KPIが今まで日本企業が重要視してきた指標(特にわかりやすいところでは売り上・利益げなどの財務指標)とどのような関係があり、「このKPIを追うからこの指標がより向上する」というような、エビデンスに基づいたストーリーを構築する必要があります。

この関係性が曖昧なまま、財務指標だけを追い求めて、Sloppy(雑)な人的マネジメントがなされてきたのが、多くの日本企業の歴史だと思われます。しかし、働く個人の内発的動機やウェルビーイング、エンゲージメントなどが大きくパフォーマンスに影響することが分かっている今、そのストーリーを、どのように説得力高く構築できるか、エビデンスやファクトを発見するためにいかに深く、心理に近い分析ができるかが重要です。

データアナリティクスチームを人事部門内に設置する企業も増えてきました。人的資本経営をするためには今まで、おざなりにされ続けてきた「人と仕事の関係、事実」を解像度高く探求し続ける必要があります。

労働者人口の減少が確実視される日本において、企業や組織ビジネス論理を優先して、労働者を「管理」するのではなく、働く個人をどのようにしたら、その労働「価値を最大化」させ、企業価値に接続するかが問われています。

この人材を「資本」とみなす考え方は、従来の日本企業の人的管理の思想とは根本から違うものであり、その思想は採用現場のさまざまな求職者との接点のコミュニケーションにおいて滲み出るものです。求職者はそれを敏感に感じ取り、「あ、この会社なら自分に寄り添ってくれる」と感じられるのであれば、入社意欲はぐっと高まるでしょう。

人的資本経営の採用観点での重要事項は上記の3点に集約されますが、
お分かりの通りそれを実行するためには、入念な準備工程が必要となります。特に、「わかっているつもり」を脱却して、今一度自分たちの人材と仕事を見つめなおし、まだ知りえなかった重要な事実を、データ分析や定性的な分析によって発見していく必要があります。

そのためには、人事採用チームにも「何が問題なのか」「何が重要なのか」などの問いを立てる力や、「ひょっとしたらこうなんじゃないか?」という仮説を立てる力や「その仮説は本当かどうか」と妥当性を検証するフラットな目線、思考力が必要になります。

まず間違いなく労働人口が枯渇する日本において人材獲得競争はますます激化し、採用を成功させる企業と、失敗し黒字にもかかわらず人手不足による廃業をせざるを得ない企業など、マーケットは二極化していくと考えられます。

ジョブマッチングの主権は個人にうつりました。その中で、いかに個人に寄り添った情報開示ができるか否かが成否のカギを握ることでしょう。




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