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"死期" を悟った SIGH の "四季"

唸るようなパワーコードと悪魔のような叫び声が、牧歌的なプログレの間奏曲と交互に現れ、激しいブラストビートが、ハンドドラムのテクスチャー、フルートとサックスの閃光、不気味なヴォコーダーのメロディーに移ろう。過去30年以上にわたり、崇高で幻惑の芸術を完成させてきた日本のメタルバンド SIGH にとって、新たな傑作 "Shiki" にこうした音の神秘が宿ることも、当然といえば当然の話でしょう。(素晴らしいバンドの素晴らしいアルバムの素晴らしい記事。加筆翻訳しました)

SIGH のリーダーでマルチ・インストゥルメンタリストの川嶋未来にとって、このグループにやり方や決め事は "ない"。10枚以上のフルアルバムと多数のデモ、EP、スプリットを通じて、SIGH は VENOM や HELLHAMMER のような陰惨なオールドスクール・ブラックメタルへの愛に、クラシック音楽からインスピレーションを得た鍵盤の美学を自在にブレンドしてきました。

SIGH の作品は、トリッピーなエレクトロニカから(2001年 "Imaginary Sonicscape")、グルーヴィーでオルガンの効いたロック(2005年 "Gallows Gallery") など驚くべき華やかさと多様な実験を備えています。2012年の "In Somniphobia" や2018年の "Heir to Despair" のような奇妙な大作では、より冒険的で野心的になることも恐れませんでした。そして、川嶋と彼のコラボレーターは、誇り高きヘヴィ・メタル精神と芸術的衝動を調和させた "Shiki" で再びその成果を発揮しています。

ただし、これもまた当然の話ですが、"Shiki" は SIGH の真骨頂であると同時に、新しい魅力を披露した作品でもあります。それはこのアルバムが、川嶋がこれまで制作してきたアルバムの中で最もパーソナルなものであり、これまでバンドのジャンルを超えた冒険心を刺激してきたファンタジックな衝動から、実存的な真実へと向かった作品でもあるからです。

「コンセプトはとてもシンプルだ。SIGH はずっと死をテーマにしてきたんだが、20代、30代の頃は、その死というものがホラー映画のようなファンタジーでしかなかったんだ。だけど、50歳を過ぎた今、残念ながら友人たちが亡くなり始めた。だから、死は私にとって厳しい現実となってきたんだよ。ゆえに、死に対する恐怖を、素直に、赤裸々に表現したかったんだ」

そのために川嶋は、死と同時に今まで挑んだことのない行為に向き合う必要がありました。それは、日本語だけで歌ったり、叫んだりすること。バンドは初期から日本語のフレーズやイメージ、テーマを使ってきましたが、ご承知の通り、これまで歌詞はほとんど英語だったのです。

「自分の気持ちを100%表現したいのに、英語で歌ってはダメだと思ったんだ。今回は母国語で歌うしかなかった」

日本の文化は、アルバム全体に影響を与えています。13世紀に編纂された百人一首から、ある一首がインスピレーション源となりました。それは、藤原公経が詠み "Shiki" のジャケットにもなっている、春になると桜の花が舞い散る様子を描いた一首。さながら絵巻物のように美しい一首ですが、その裏には暗い影がありました。

花さそふ 嵐の庭の 雪ならで
ふりゆくものは 我が身なりけり

桜の花を誘って吹き散らす嵐の日の庭は、桜の花びらがまるで雪のように美しく降っているが、実は老いさらばえて降り (古り) ゆくのは、私自身なのだなあ。

「桜はとても美しいものなんだけど、同時に一週間ほどで散ってしまうので、日本では儚さの象徴でもある。全盛期が短いということを意味しているんだ。昔の詩はそのことを歌っているんだよ。男は春の強風で吹き飛ばされる花びらを見ているんだけど、その花びらを自分のこととして認識しているんだ。この詩が書かれたのが約800年前、900年前というのが、とても面白いと思ったんだ。もちろん、インターネットや AI など、当時と比べれば私たちの生活は大きく変わっているけど、どんなにテクノロジーが進化しても、死の恐怖がなくなることはないんだよ」

アルバムのタイトル "Shiki" には、「漢字によって20以上の意味がある」と川嶋は説明します。今回、川島が着目したのは "死期" と "四季"。「人生に四季があるとすれば、50歳は晩秋に近く、冬はすぐそこまで来ている」

"冬が来る" では、そのタイトルにふさわしく、川嶋は奇妙な音の道具箱を冬籠りの地下室から取り出します。川嶋の地獄のような叫び声はやがて憂いを帯びた嗚咽に変わり、 ギターの音は消え、シンセとフルートが織りなすサイケデリックな雪景色へ。このアルバムで川嶋は、西洋のフルートに加え、尺八と篠笛、篳篥(ひちりき)や三味線などの和楽器を演奏しています。「日本の古い詩をテーマにしているので、日本の伝統的な楽器が音楽的にも歌詞的にも合うと思った」

"Shiki" の各トラックには、それぞれに驚きがあります。KREATOR のフレデリク・ルクレールをゲストに迎えた "屍" では、FEAR FACTORY のドラマーマイク・ヘラーがハンドドラムで情熱的なブレイクを繰り広げ、スラッシーな狂宴が繰り広げられていきます。川嶋が "一晩に2回、真夜中を体験した" という実体験をもとにした "真夜中の怪異 "では、URIAH HEEP に影響を受けたという "ダーティ・ハモンド・オルガン" でクライマックスを演出。そして "殺意-夏至のあと" では、オペラティックなボーカルがアクセントの壮大なプログレメタルから、ムーディなダウンテンポ・インダストリアルへと移行していきます。川嶋のオフステージ・パートナーである Dr.ミカンニバル がアルトサックスとソプラノサックスを担当し、ヒリヒリとした雰囲気を盛り上げています。

川嶋は早くからクラシック音楽の影響を受けて育ちました。音楽の先生であった母親の影響で、4歳からピアノを始めます。SIGH の初期から明らかだったその影響は、MAYHEM のユーロニモスの注意を引き、彼は SIGH を自身のレーベルと契約しますが、その "Scorn Defeat" のリリース前にカウント・グリシュナックに殺害されてしまいます。「ユーロニモスは、ブラックメタルは残忍であると同時に美しくなければならないと言っていた。彼はおそらく、私の音楽の中にクラシックの影響を聴き、だから SIGH と仕事をすることにしたんだろうな」

時が経つにつれ、川嶋の映画に対する関心が SIGH を幻想的で成熟したスタイルへと導き、それは1997年の "Hail Horror Hail" といった作品で前面に押し出されるようになります。「ホラー映画のような雰囲気を出したかったんだ。もちろん、怖い音楽の書き方を書いた本は見つからなかったから、ホラー映画で使われている音楽を分析しようとした。すると、"エクソシスト" や "シャイニング" のように、多くのホラー映画には20世紀のクラシック音楽が使われていることがわかった。だから自分たちの音楽に前衛的なテクニックを使い始めたんだよね。それから、ジョン・ゾーンのようなフリージャズにも、映画からヒントを得たテクニックがたくさん使われていることに気づいた。だから、何と言うか、ジャンルを混ぜたり、他のジャンルをメタルに取り入れたりすることは、私にとって恐ろしい音楽を書くための方法だったんだよ」

その衝動は川嶋を驚くべき場所へと導きましたが、SIGH が30年目に突入した今、彼はバンドが終わりを迎えるかもしれないという考えにも平静でいられると言います。「アルバムを作り終えるたびに、SIGH の終わりを感じるんだ。20歳や30歳の頃は、アルバムを作り終えると、次のアルバムのための新しいアイディアでいっぱいになっていた。だけど、今回も完全に空っぽな感じ。このアルバムには完全に満足しているから、実はこのバンドはいつ終わってもいいと思っているんだよ」

"Shiki" が SIGH の "死期" を悟ったスワンソングであるとすれば、これほど見事な遺言は他にないでしょう。かつてスラッシュ・メタルは、80年代に若者のための音楽として誕生しました「でも、今は50歳。50歳を過ぎた今、エクストリーム・メタルを作る意味を見いだすのは正直難しい。だから、"Shiki" は、50歳を過ぎてからアルバムを作るにはどうしたらいいかという、私からの答えのひとつなんだ。50歳になったからこそ作れたアルバムなんだよ」



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