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僕はあの時、ボブ・ディランの風に吹かれた

中学一年の夏、僕は学校の美術室でひとり座っていた。

汗が僕の頬を伝って流れる。
蝉の声が遠く響いて、飛行機が飛んでいく。
うだるような暑さの中、開けっぱなしの窓から風が吹き抜ける。

僕の学校の美術室は校舎の5階にあって、放課後の部活の喧騒や、教室に残って遊んでいる生徒の声は聞こえなかった。

ここはまるで、青春の避難場所のような、静かな空間だ。

僕は美術部に入っていたから、今日も美術室で水彩画やちょっとした文章を書いていた。だけど、来ている部員は僕だけだった。

そのうち、階段の方から足音が聞こえて、顧問の先生が美術室にくる。先生はアメリカ人で、背が高くて綺麗なブロンドの髪をしている。男の先生だ。

「今日もちょー暑いね。」と流暢な日本語で言いながら部室に入ってきて、あたりを見回して僕を見つけた。

「今日はくろぶちくんだけ?」

「はい。」

「そっかあ。」

対して怒っているわけでもなく、この暑さなら仕方ないという感じで、先生は教室の端の席に座ってパソコンを開いた。

「せっかくだし、何か聞きたい曲ある?」

先生がそう言ったので、僕は少し驚いてしまって、いや特にはないですと口任せに言った。

「じゃあ、クイーンとビートルズ、どっちがいい?」

ここで僕がクイーンと言っていたら、僕の人生は今とは全く違うものになっていたかもしれない。でもどちらにせよ、僕の人生に決定的な影響を与えたのはこの二択だった。

「じゃあ、ビートルズで。」

どちらも僕は名前だけしか知らなかったから、よくテレビで名前を耳にする方を選んだ。

そのうちに「Love Me do」が流れて来て、ああ、どこかで聞いたことある!と僕の心は踊った。そして、僕の心を鷲掴みにする曲がかかった。
それが「She Loves You」だった。

勢いよく始まったジョン・レノンのシャウトが、僕の脳みそに電光を走らせた。

「おお!なんだこれは!!!」

僕の体中に稲妻が走った。もはや絵を描くどころではない。
僕はその曲をのめり込むように聴いていた。
これはすごい、すごいとしか言えない。

僕はあっけにとられて、この日を境にロックにのめり込んでいった。......


そして僕はすっかりビートルズにハマり、メンバーのソロの曲も聞くようになった。

その中でも特に好きだったのが、ジョージ・ハリスンの曲だ。

特に「If Not For You」という曲がとても好きだった。
静かな曲調で、ギターの響きが秋の東風を思わせた。
まるで肌寒いイギリスの湿地に一人立って、僕に進むべき道を教えてくれる「風」を待っているようだった。

......そしてその「風」は来るべくしてやってきた。

いつものように帰りのバスの中で「If Not For You」を聴いていた時、たまたま曲のクレジットを見てみたら、そこにはボブ・ディランと記されていた。
まだボブ・ディランのBの字も知らなかった僕は、一体どんな人がこの曲を作ったのかが気になって仕方がなかった。
その日の帰り、駅に着くと僕はすぐに駅ビルのCDショップに駆け込んで、ボブ・ディランのベストアルバムを買った。

これが僕の買った初めてのCDだった。

家に帰ってさっそくプレイヤーにかけて聴いてみると、ギター1本とハーモニカ、そして歌声というとてもシンプルなスタイルに、僕は目を見開いた。

CDの帯には「ロックの金字塔」と書かれていたので、僕は完全にバンド形式のものを想像していた。

少し期待を裏切られたような気持ちになった。

でも、なぜか心を揺さぶられるような気がしてくる。

それもCDを何度も聴くたびに、僕の中に流れるやりきれない感情が湧き立つような感覚を強く感じるのだ。

ギターとハーモニカだけなのに......

それから僕は暇さえあれば何度もCDを聞き返し、付いてた歌詞カードをボロボロになるまで読み込んだ。

そのおかげで、今まで英語の成績は学年の中で一番下だったのに、気づけば平均以上の成績を取るようになっていた。

でも僕はそんな英語の成績より、ボブの書く詩の意味を探ることに熱中していた。ボブはどうしてこんなにも人を惹きつけ、時代を正確に捉えつつも美しい言葉や厳しい言葉を織り込み、幻想的で文学的要素のある歌詞を書けるのかが、僕には不思議でならなかった。


The answer, my friend, is blowin' in the wind,
The answer is blowin' in the wind.


しかしいくら意味を探しても、「答えは風の中に舞っている」ということに気付けたのは中学を卒業してからだった。

その頃には僕もボブに倣ってギターを父から譲り受け、自分で曲を書いたりしていた。

文学にも興味が湧いて、多くの小説や詩集を買い込んでは読み耽っていた。

そして僕は、自分が詩や音楽を作る側になって初めて、聴いてくれる人、読んでくれる人の大切さを知った。

読み手や聞き手がいなければ、創作というものは取るに足らないものなのだ。

僕は決して歌や詩が上手いわけではないし、初めて書き始めた頃などは身内に見せるのすら恥ずかしかった。

しかし人に読んでもらって、いろいろと評価してもらうことで、自分に足りないところや良いところが見えてくる。そうすると次第に文章や作曲が上手くなってくる。いや、楽しくなってくるのだ。
それに自分の作ったものに対して聴いたり読んでくれた人から感想をもらうと、とても嬉しい。僕も相手も、自分の作品を通して学びを深めていける。

そしてボブ・ディランも、そのことを僕に教えてくれていた。

創作したものは自分のもとを離れて初めて意味を持つのだ。

その人の中で自分が書いたり歌ったことが、その人なりの意味を持つこと、これが大切なことなのだ。

だからボブは、「答えは風に舞っている」という言葉を聴き手に投げかけていたのかもしれない。......


風は今日も僕の部屋のカーテンを揺らす。

もうあれから何年も経ったが、僕はあの時の衝撃を忘れられないでいる。

もちろん、大学に入ってからも創作は続けているし、ビートルズもボブ・ディランも相変わらずのめり込むように聴いている。

今度は僕が「風」を誰かのもとに吹かせれるように、これからも頑張っていきたい。

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