マガジンのカバー画像

物語のようなもの

394
短いお話を思いついた時に書いています。確実に3分以内で読めます。カップ麺のできあがりを待ちながら。
運営しているクリエイター

2023年8月の記事一覧

『祖父の手紙』# シロクマ文芸部

『祖父の手紙』# シロクマ文芸部

「ヒマワリへ」と書かれた封筒が出てきた。
祖父の葬儀の前に、遺品整理を手伝っていた時だ。

祖父が何十年も使っていた文机があった。
しかし、祖父がその文机に向かっている姿を見たことはない。
それもそのはずだ。
私たちが訪ねた時には、祖父はほとんど私や他の孫の相手をしていたのだから。
だから、文机の存在そのものを意識したこともなかった。

その文机の一番上の引き出しの奥に封筒はあった。
時の流れに少

もっとみる
『告白水平線』 # 毎週ショートショートnote

『告白水平線』 # 毎週ショートショートnote

どうしてあんなことを言い出したのだろう。
ジャンケンで負けた奴が、好きな子に今日中に告白しようなんて。
しかし、まさか僕が最初に負けてしまうとは。

でも、今日は、やっぱり無理だ。
「お前、どうするんだよ」
仲間に責められる。
「お前が言い出しっぺなんだぜ」
「誰に告白するのか知らないけどよ、さっさと済ませようぜ」
窓向こうの海を見つめる。
「やっぱり、今日は駄目だ」
その時、ガラッとドアが開いた

もっとみる
『敗れ、これからも敗れ続けるあなたたちへ』

『敗れ、これからも敗れ続けるあなたたちへ』

戦ったのもあなたたち。
負けたのもあなたたち。
生と死を分けるのがほんの偶然でしかないのなら勝負の結果など些細な事。
私たちは学んだ筈だ。
あなたたちが誇りだという者もいるが、あなたたちは誰の誇りでもない。
あなたたちが背負うものなど何もない。
もし、あなたたちがそう思っているとしたら、思い上がりも甚だしい。
あなたたちを戦士に例える者もいる。
あなたたちが誰かのために戦えるはずもない。
誰かのた

もっとみる
『どうかしてるわ』

『どうかしてるわ』

まったくどうかしている1日だわ。
どうして今日に限ってアラームが鳴らないのよ。
おかげで丸めたトーストを口に突っ込んだまま、駅まで走ることになってしまった。
でも、怖いのは、これで何とか間に合ってしまったことね。
わたしのことだから、これでいけるんなら、毎日これでいいんじゃないって思ってしまうのよね。
そして、毎朝、トーストを咥えながら走ることになるの、きっと。
すれ違う小学生たちに、「トースト姉

もっとみる
『人それぞれの』 # シロクマ文芸部』

『人それぞれの』 # シロクマ文芸部』

ただ歩くだけでもいいんだよ。
彼は、わたしにいつも言っていた。
何もできなくていい、ただそこを歩くだけでもいいんだよ。
彼は、わかっていたはずだ。
わたしも、わかっていた。
大人は言う。
努力すれば、できないことはないと。
でも、そんなことが嘘であることくらい、それほど長く生きなくても理解できる。

彼が病に倒れたのは、高校2年生の秋だった。
3年生がいなくなり、新チームを結成してすぐの頃。
間も

もっとみる

『未来断捨離』 # 毎週ショートショートnote

「断捨離って商標登録されているらしいよ」
「えー、じゃあ、迂闊に断捨離って言っちゃいけないのね」
「そう、迂闊に断捨離って言っちゃいけないんだ。だって断捨離は商標登録されているんだからね」
「もう、結構言っちゃってるね、断捨離」
「僕はいまから、未来に行って、この断捨離を断捨離してこようと思うんだよ」
「ちょっと、ややこしいけど」
「すると、過去に遡って、全ての断捨離がドミノ倒しのように断捨離され

もっとみる
『冷蔵庫』

『冷蔵庫』

 息子がいじめられているらしい。夕食の席で妻から聞かされた。小学校三年になる息子はもう寝んでいる。
「はっきり決まったわけではないんだけどね」
 そう言いながら、妻は自分のグラスにもビールを注ぐ。時計を見るともうすぐ日付が変わりそうだ。ここのところ、夕食は毎日この時間になっている。
「春の新生活応援セール」
 全館で展開しているキャンペーンだが、中心はやはり冷蔵庫やエアコンのフロアになる。就職や進

もっとみる
『幽霊は誰だ』 # シロクマ文芸部

『幽霊は誰だ』 # シロクマ文芸部

文芸部のさち子さんが好きだ。
おかっぱで、眉がキリッとして、ツンとした鼻、少し薄めの唇。
まつ毛の長い目を細めて、口角を少し上げて微笑む顔は、この世のものとは思えない。
白紙のページを前に、遠くを見つめながら、唇を少し開けて考え込む姿も素敵だ。
そして、左手で髪をかき上げると、おもむろにペンを走らせる。
言っとくが、僕はストーカーじゃない。
さち子さんが好きなだけだ。

そのさち子さんが、僕のこと

もっとみる
『最後のマスカラ』 # 毎週ショートショートnote

『最後のマスカラ』 # 毎週ショートショートnote

もう、わかっている。
普段は絶対に自分から連絡して来ない彼なのに。
わかっている。
彼の悪いうわさをわたしに聞かせた人は、多分このあと、わたしに言うだろう。
言わんこっちゃないって。

最後くらい、きれいになりたい。
中島みゆきの歌みたいで嫌だけど。
でも、もう二度と会えないのなら、きれいなわたしを覚えていて欲しい。
普段は使うことなんかなかったマスカラに手を伸ばす。
多分、マスカラを使うのはこれ

もっとみる
『いのち喰い 2』 # シロクマ文芸部

『いのち喰い 2』 # シロクマ文芸部

平和とは何か?
この俺に聞くのか。
では、逆にお前に聞こう。
幽霊はいるのか。
あの世はあるのか。
そんなものがあると言うやつの理論はいつもこうだ。
幽霊はいない、あの世はないと言っても、ないことが証明できなければ、あるかもしれないじゃないか、とな。
お前たちの平和も同じだ。
同じ理屈をこねれば、あるかもしれない。
そんな程度のものだ。
平和とは何か?
答えはこうだ。
そんなものは、幽霊と同じだ。

もっとみる
『ひみつけいさつをせんでんしてみる』 # 毎週ショートショートnote

『ひみつけいさつをせんでんしてみる』 # 毎週ショートショートnote

パパはおしごとのことをはなしません。
みゆがおめざめのときには、もういません。
みゆがおやすみのときには、まだかえっていません。
パパってどんなかお?
おともだちのいくちゃんのパパのかおなら、よく知っています。
でも、みゆのパパのかおはわかりません。
ママは、だいじょうぶっていつもいいます。
パパはあなたのことをあいしているからって。

でも、あいなんてのは、このよのなかでいちばんしんじられないも

もっとみる