架空の海外D2Cブランド事例⑤ Embless(女性用下着)

D2C・・・Direct to Consumerの略。Amazon等のECプラットフォームを利用せずに、SNS等を活用してユーザーを獲得・育成し、自社製品を自社ECで販売するビジネルモデル。2010年前後からアメリカのスタートアップを中心に世界各国でその存在感を強めている。ユニリーバに10億ドルで買収された髭剃りブランド”Dollar Shave Club”、非上場ながら時価総額が14億ドルを超えたスニーカーブランド”Allbirds”等が代表的。
---------------

「私たちの目標は、おならで恥ずかしい思いをする女性の数をゼロにすることなの。」
-マリッサ・アダムズ、Embless Inc. CEO

Emblessはアメリカ・ロサンゼルス発の女性用下着D2Cブランド。女性用下着D2Cというレッドオーシャン化しつつある市場において急激に売上を伸ばしている。Fart Cancelling Technology(おならキャンセリング技術)、それが群雄割拠の女性用下着D2C市場の中でEmblessが一目を置かれている理由だ。その名の通り、Emblessの下着にはおならの音と匂いを最小限に抑えられる素材が採用されている。この革新的な技術をコアに、働く女性から絶大な支持を得ているのだ。

創業者のマリッサ・アダムズはロサンゼルスの大学を卒業後、ハリウッドの映像制作会社でADとして働いていた時にこの事業を着想したという。

「私は子どものころからお腹が弱くて、よくおならが出るの。学校ではいつも恥ずかしい思いをしていたわ。ハリウッドでADの仕事を始めてからも、打ち合わせや室内での撮影、編集など狭い場所に他の人と長時間いることが多くて、悩み続けていたの。」

そんなマリッサに転機が訪れたのはある番組のためにリサーチをしていた時だった。「Meet the Crazy Japan」と題した、日本のクレイジーな文化や商品、サービスなどを紹介する特番のネタ探しのために日本のクレイジーな学術研究を探していたマリッサの目に止まったのが、東京のとある町工場で研究しているという「おならの音と匂いを打ち消す素材」だった。

「『おならの音と匂いを打ち消す』という文字を見てカラダに電流が走ったの。気づいたらもう取材依頼のメールをタイプし始めていたわ。」

番組の取材のために来日したマリッサは、「おならの音と匂いを打ち消す素材」の研究をしているという東京都大田区の町工場「明智製作所」に直接取材を行うことに成功する。その素材は他の特殊繊維の研究過程で生まれた副産物で、商品化をしてみたいと考えてはいるものの、町工場の11名の従業員は全員が男性ということもあり、商品デザインやマーケティングをどのようにすればよいかがわからずにいるということであった。

「取材をした日にその素材を使った試作品の下着を一つ貰ったの。おじさんが履くみたいな真っ白なブリーフで、ちょっと抵抗はあったけど直ぐに効果を試したくなって履いてみた。ホテルに籠もって、牛乳をがぶ飲みして、その瞬間を待ったわ。5分もしないうちにおならが出た。いつもの音の出るおならのような感覚だったのに、ほとんど音が聞こえなかったの。それから更に待ったわ。1、2、3…って心のなかでカウントしながら。気づいたらカウントは30を超えてた。そう、においが全くしなかったの。そして、それまでの26年間の人生の中で、おならをして恥ずかしい思いをしたり、いじめられた記憶が走馬灯のように甦ってきたの。気づいたら涙が流れてた。もしもっと早くこのパンツに出会えていたら、自分の人生は違っていたかもしれない。もっと自分に自信のある人間になれていたかもしれないって。そして同時に思ったわ。過去の自分と同じような苦しい思いをする人を一人でも減らしたい。このパンツで。」

決意を決めたマリッサはその次の日に明智製作所に戻り、社長に自らの思いを直談判、アメリカでのテストマーケティングの許可を取り付ける。「おならの音と匂いを打ち消す素材」12㎡分を携えてロサンゼルスに戻ったマリッサは早速友人のデザイナーの協力の元、女性向用下着としてデザインされた試作品を完成させ、番組の中でモニターを募集することに。

マリッサ本人も驚いたことに、番組で紹介されたこの試作品は大きな反響を呼び、100名のモニター募集に3000名以上の女性から応募が殺到。急遽日本から素材を追加で調達し、モニターを500名まで拡大してテストマーケティングを行うこととなった。マリッサはこの500人のモニターとのフェイスブックグループとダイレクトメッセージを用いた日々のやり取りの中で試作品の使用状況、効果が発揮されやすい場面は何か、効果に改善が必要な場面は何か、といった情報をつぶさに吸い上げていった。「恥ずかしさ(Embarrassment)を無くす(less)」という意味を込めた「Embless」というブランド名もこの500人のモニターとのファイスブックグループのやり取りの中で決まったものである。

約半年間に渡る、計5ラウンド、計5,000人のモニターによるテストマーケティングの末、2019年6月にEmblessはアメリカでの正式ローンチを迎えた。同時に、マリッサは映像制作会社を退社しEmbless Inc.を設立、CEOに就任した(株式は明智製作所、マリッサの勤めていた映像制作会社、「Meet the Crazy Japan」を放送した放送局、マリッサ個人でシェアを分け合う形となった)。

Emblessブランドのプロダクトは、45ドル(約4800円)のパンツ単品と、80ドル(約8600円)のパンツとブラのセットの2つと非常にシンプルな構成。2019年12月、ローンチから約半年のタイミングでVC3社からシリーズAで1000万ドル(約10.7億円)の資金調達を完了した。このタイミング(ローンチから半年間)までの累計売上額はすでに700万ドル(約7.5億円)に達していた。

Emblessはそのブランドコミュニティのエンゲージメントの高さでも群を抜いている。コミュニティの原型となったのは前述の500人のモニターが参加したフェイスブックグループ。商品改良のため、Fart Cancelling Technology”(おならキャンセリング技術)が効果を発揮しなかった場面を募集していたところ、それが参加者同士が普段人には言えない恥ずかしい体験を、同じような経験を持つ人たちと共有しあえる場として発展。商品に関すること以外の日常生活での恥ずかしい体験をもユーザーたちが投稿し、共有し始めたのである。モニターからは、このフェイスブックグループで日常の恥ずかしかったこと、ちょっといやだったことを共有しあうことが自分の心の拠り所となっているという声が多く上がったという。

商品ローンチ時に、Emblessはユーザーのみが参加できるクローズドSNSも同時にローンチ。「I Screwed!」(英語で「やっちまった!」という意味)と名付けられたそのSNSには連日、日々の生活での恥ずかしかった出来事や失敗してしまった出来事が投稿され、同じ気持ちを理解できるEmblessユーザーの間で共有されることで、ユーザーのメンタルヘルスプラットフォームとしても機能している。

2020年3月、Emblessは2021年末までに口臭ケア、体臭ケア、ムダ毛ケアと順次商品ドメインを拡張し、女性用下着ブランドから、女性のトータルエチケットブランドへの進化を目指していくことを発表した。「Emblessを知らないことが一番恥ずかしい」という未来がすぐそこまで来ているかもしれない。

企業情報
Embless Inc.
2019年ロサンゼルスにて創業。おならの音と匂いを打ち消す特殊素材を用い、Fart Cancelling Technology(おならキャンセリング技術)を搭載した女性用下着を製造・販売している。45ドルのパンツ単品と、80ドルのパンツとブラのセットという2種類の商品構成。2021年末までに口臭ケア、体臭ケア、ムダ毛ケアと順次商品ドメインを拡張し、女性用下着ブランドから、女性のトータルエチケットブランドへの進化を目指す。

CEO略歴
マリッサ・アダムズ(27歳)
アメリカ・カリフォルニア州出身。カリフォルニア大学ロサンゼルス校卒。
映像制作会社勤務を経て、2019年にEmbless Inc.を創業。お腹の弱い女性をサポートするNPO団体Support for Women’s Stomach代表理事も勤める。

取材後記
CEOのマリッサへの取材後、マリッサは神妙な面持ちで我々に、実は1時間の取材中に3回おならをしていたことを打ち明けたが、取材クルーの中でその事実に気づいていた者は一人もおらず、EmblessのFart Cancelling Technology(おならキャンセリング技術)の威力を取材陣一同、身を以て体験することとなった。

-----------------
フィクションです。
実在の人物・団体とは関係ありません。

この記事が参加している募集

私のイチオシ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?