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宇宙レシピ*ショートショート#宇宙SF

宇宙ステーションで働く僕のことを記しておく。
まいにち業務報告書は書いてるが、本音が出せる君だけに送るメールを許してほしい。仕事とプライベートの境目がわからない宇宙ステーションは思ったより過酷で退屈なところだ。
限られたメンバー、窓の外は暗黒。クルーたちは食事が唯一の楽しみだ。

宇宙ステーションに来て1日目の僕の仕事はキッチンを整えることだった。
とはいえ、宇宙のキッチンで料理をすることはない。
無重力下では液体や粉末は、床に落ちることなく空間を漂う。目に入ったり、精密機器に付着して悪影響を与えることがないよう、飲料はストローで飲むタイプ。
食事は無菌状態を保つためにお湯で戻すフリーズドライタイプか蒸気で100℃以上、20分加熱するタイプ、そしてオーブンで温めるタイプ。料理の幅がない。
これでも調理法は進歩したんだ。

ちょっと前まで宇宙に行く前に試食をして、気に入った宇宙食から3食のメニューを一週間分決めていた。栄養管理士がチェックして、栄養バランスが取れるように組み替えた一週間分のメニューを繰り返して食べていた。
僕はクルーたちが疲れていたり、元気がないときのために臨機応変に対応するために、栄養管理士として派遣された。

僕は地球初の医師・栄養士・調理師としての役目を果たすため、さまざまな視点から”宇宙でいかにおいしく食べるか”が最大のミッションだと答えを出した。

キッチンも僕の提案でできあがった。
ここでは3~5年以上の長期間にわたって保存可能な宇宙食が必要とされる。その食材の保管と衛生面の管理。
不足しがちなタンパク質とカルシウム、ビタミン類を食事でとれるよう食材の整理と水の管理。
音楽の調整とクルーそれぞれの体調と気分がわかるようなテーブルつくり。
ときにはワインとチーズもみんなで味わった。
なにより味を味わって食べることが大事なのだ。

火曜日は日本人のケンに、お湯切りしないやきそばに鰹節とマヨネーズを添えただけで大喜びしてもらった。
水曜日は疲れが溜まっていそうなイタリア人のレオナルドにクリームリゾットを食べてもらった。
土曜日はクルー全員でカレーパーティをした。
トッピングにフライドオニオン、チキンカツ、とんかつ、エビなどのシーフードを用意して、カレーをナンで食べたりサフランライスで食べたりする。
ドイツ人のアンナはビールとトマトジュースのレッドアイで楽しんでた。
明日はミートパイを焼こうと思う。
これは僕自身の楽しみだけど。

よく噛んで食べることと温かいものを食べること。
これはここでは必要不可欠だ。

だが月曜日に宇宙ステーションのソーラーパネルが欠損し、一時停電になった。備蓄電力が作動したからよかったけど、今後の対策が指示された。

僕の条件の変更だ。
解任か、もしくはずっと地球には帰らず、宇宙ステーションで勤務することが条件だった。クルーたちは地球へ帰り、別のクルーが派遣される。
僕は宇宙開発に直接、関与していない。
つまり雑用係としての立場だ。一番先に首を切られるのはわかっていた。

僕は悩んだが、ここにいることにした。
食材は一人分を5年分支給された。
僕の収入は、この時点でストップされた。
個人の希望で宇宙ステーションの滞在は前例がない。

今度やって来たクルーたちもいいやつが多かったよ。
相変わらず、僕はクルーたちに料理を出してあげるけど、僕自身はまかない料理ばかり食べている。
チキンラーメン、サバ缶のパスタ、サンドイッチ……。

でも君だけに言っておく。
僕は豆から納豆をつくることに成功した。
あの臭い納豆を宇宙の真空状態で食べると、匂いが何日もとれないがそれも知ったこっちゃない。
宇宙納豆は粘り強くて、負けず嫌いだ。
ちょっとやそっとじゃ腐らない。

君に宇宙納豆の権利を譲る。
あるクルーにビジネスの相談をしておいた。
僕はこっちでステーションを買う準備を進める。

またメールする。
僕は腐らないから安心して。


おしまい

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