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短編小説:令和カラフルランドセル 〜かつてピンクでいじめられた私のカタルシス〜


 かつてランドセルが赤と黒だけだった時代、私のランドセルはピンク色でした。

 平成初期の話です。あの時代、あの頃の私は、たかがランドセルの色がピンクというだけでいじめられました。年号が令和に変わり、世の中もまたずいぶん変わるものですね。

 今の子ども達はピンクはもちろん、水色や茶色、青やオレンジといった自分好みの色を背負うようになりました。そうした色とりどりのランドセルを背負った子ども達を見ると、大人になりすっかりモノクロになった私の心にも色彩が蘇ります。

 私が子どもの頃は実につまらないものでした。女は赤、男は黒。たった2色だけが正解として用意され、その上性別で分けられて色を選ぶことさえ許されませんでした。そしてその色分けを当たり前として、大人が子どもに価値観を植え付け、偏見を生み出していた時代でした。

 私がランドセルを買った時のことは今でもよく覚えています。小学校に入学する前の夏、おばあちゃんと2人でデパートへ行ってランドセルを買ったのです。その時に私が欲しいと指さしたのが、当時はまだ珍しかったピンクのランドセルでした。

 その日は別に、ランドセルを買う予定ではありませんでした。ちょっと暇つぶしにおばあちゃんとデパートへ行って、ちょっとランドセルを眺めていただけでした。一緒にランドセルの展示を眺めていたおばあちゃんは「今の子はオシャレだねぇ、あら、これも可愛いねぇ」なんて言いながら、目を輝かせていました。おばあちゃんは特にピンク色のランドセルを気に入ったようで「おばあちゃんが背負うならコレかな?」と眩い笑顔を私に向けました。 

 おばあちゃんは再度ランドセルに目を向けると、昔話をはじめました。おばあちゃんが小学生の頃は戦後まもない物資不足の時代で、ランドセルは厚紙で作られていたそうです。それは都心部に多く流通したものの、地方ではまだ風呂敷に教科書を包んで通学する子どもも多かったと言います。おばあちゃんも風呂敷で通学をする小学生の一人でした。おばあちゃんはランドセルを背負う事ができなかったので、ランドセルに強い憧れがありました。
 そんなおばあちゃんも大人になり結婚をして、子供が産まれました。私の父のことです。父がまだ幼い頃は家が貧乏で、父にもランドセルを買い与えてあげることは出来なかったと言います。結局父には近所のお兄さんのお下がりを使わせたそうです。おばあちゃんはそれを今でも悔しく思うそうで、父にランドセルを買ってあげる夢を未だに見るのだと言います。

 昔話を終えると、おばあちゃんはその場で閃いたようにパッと顔を明るくして私に言いました。

「そうだ、ランドセルはおばあちゃんが買ってあげようねぇ」

 思いがけない提案に、私は素直に喜びました。そしてその時の私は、いつも優しくしてくれるおばあちゃんに対し、日頃の恩を返そうとしたのです。

 「本当!?じゃあ、これは?この、おばあちゃんが可愛いって言ったやつ!これ買おう!これ買ったらおばあちゃんにも貸してあげるよ!」

 私はおばあちゃんが大好きでした。おばあちゃんは父や母が買ってくれない物も「内緒だよ」と言って、いつも笑顔で買ってくれるのです。その日も直前に、おばあちゃんは私にアイスを買い与えてくれました。おばあちゃんが可愛いと褒めちぎるそのランドセルを選ぶことは、幼い私にできる唯一の恩返しの方法でした。

 おばあちゃんは少し目を丸くして「そんなのいいよ、お前はこっちの色を買ったほうがいいだろう?おばあちゃんに合わせなくて良いんだよ」と言いました。

 おばあちゃんはいつもなら私が欲しいと言えばすぐに買ってくれるのに、その時ばかりは中々首を縦に振りませんでした。赤と黒だけが正解だとでも言うように、私がピンクを買う事を許してくれませんでした。そんなおばあちゃんに私はムキになって「絶対これが良い」と言い張りました。内心私は戸惑っていました。おばあちゃんが自ら提案してランドセルを買ってくれると言ったのに、おばあちゃんがかわいいと褒めちぎるそのピンクのランドセルはなぜか買おうとしてくれなかったからです。そして戸惑いに徐々に怒りが帯び始めました。ついには自分なりの思いやりが叶わない事が悲しくなり、私は泣き始めました。

 店内には私の泣き声が響き渡っていました。その時のおばあちゃんの困り果てた顔は、今でも脳裏に焼き付いています。おばあちゃんは結局、ピンクのランドセルを私に買い与えてくれました。

 そして家に帰った後、今度は父と母に「なんでピンクのランドセルなんか買ったんだ!」と強い口調で怒られました。おばあちゃんは私以上にお父さんに責め立てられていました。私が間違いを犯したことは明白でした。でも色選びのどこに間違いがあったのか、私には理解できませんでした。

 色選びの正解を知ったのは、小学生になってすぐのことでした。
 周りはみんな、赤と黒。赤と黒。赤と黒。
 赤赤赤、ピンク、黒黒黒。
 そこにポツンと存在するピンクは、異質でした。言わば私は、異端者だったのです。

 小学校入学直後は、同級生に「なんでピンクなの?」と純粋な質問をされることが度々ありました。でも、いじめられるようなことはありませんでした。しかし学年が上がるにつれて、キモいと言われたり、ランドセルに土の足跡が付いていたり、物がなくなったりするようになりました。

 耐えられなくなったのは、母でした。

 父は自分で選んだのなら最後までそのランドセルを使いなさいと私にきつく言いつけていました。でも母は、ランドセルを背負う私を毎朝心配そうに見送っていました。そして小学3年生の夏に、突然母は買ってきたのです。新品の、色のない、みんなと同じランドセルを。

 私は薄情にも、呆気なくピンクのランドセルを背負うことをやめました。なぜなら、全てから解放されたかったからです。いじめられることからも、最後まで背負えと言うくせに冷たい視線を向けてくる父の目からも、ピンクのランドセルを背負う私を毎日心配そうに見つめる母の目からも。

 新しいランドセルを背負うようになってからは、いじめられることも酷い差別用語を浴びせられることもなくなりました。ちょうどその頃にお調子者の転校生がやって来て、その子と仲良くなったことも功を奏しました。自然と私はクラスメイトの輪に入れるようになりました。それに、新しいランドセルを背負う私を見て、母が安堵しているのがわかりました。母のためにも、新しいみんなと同じランドセルを背負うことを正解にしなくてはいけないのだと思いました。そうして私は、彩りのない偏見の時代の一員になっていったのです。

 ピンクのランドセルは、捨てる事も出来ないまま押し入れの奥に仕舞い込みました。私は虐められた過去さえ隠したかったのです。
 おばあちゃんの家に行く足も自然と遠のきました。ばつが悪かったのです。ピンクのランドセルをおばあちゃんに買わせておいて、結局背負わなくなってしまったことが。そしてピンクのランドセルを背負っていた時よりも、おばあちゃんの前で別の新しいランドセルを背負うことの方が恥ずかしいことだと、私は幼ながらに理解していました。
 私はその後、正月などでおばあちゃんに会う時は毎回気まずい思いをしました。おばあちゃんの何か言いたげな雰囲気を無視して、あれは仕方のないことだったんだと自分に言い聞かせて過ごしました。

 ようやくおばあちゃんに謝ることができたのは、18歳の夏のことでした。私は制服を卒業し大学生になって一人暮らしを始め、大人が決める勝手なルールから脱却しました。それを期に、私の子ども時代がいかに理不尽なルールに縛られていたのかを痛感したのです。その最たる例が、あのランドセルの色分けでした。そして、あの理不尽なルールに情けなく従った自分を恥じたのでした。

 思い立った私は、一人でおばあちゃんの家に行き、あの時のことを謝りました。
 おばあちゃんは「そんなこと、まだ気にしてたの。ごめんねぇ、あの時はおばあちゃんがもっと分かりやすく説明してあげればよかったのにねぇ」とまた私に笑顔を向けてくれました。昔に比べて縮んで見えるおばあちゃんは、シワもまたずいぶんと増えていました。続けておばあちゃんは言いました。
「あの時は、おばあちゃんにかわいいランドセルを選んでくれてありがとう。おばあちゃんはそれが嬉しかったんだ。だからあのピンクのランドセルを買ったの。三年間、おばあちゃんのランドセルを使ってくれてありがとう。おばあちゃんはね、ずっとそれを言いたかったの。」

 その言葉を聞いて、長いこと私の心を覆っていた黒いモヤが晴れたような気がしました。

 その後私は、実家に帰ってピンクのランドセルをあの押入れから出そうと思い立ちました。そしておばあちゃんにあのピンクのランドセルを貸してあげるという約束を、今こそ果たそうと思ったのです。

 でも、実家にはもうランドセルは残っていませんでした。母が私の部屋を片付けてしまった後でした。
 がらんとした押入れを私はしばらく眺めて、いじめられた過去はもうなくなったんだ、と思いました。一方で、おばあちゃんとの約束も無かったことになった気がして、心が黒く塗り潰された気がしました。私は結局おばあちゃんとの約束を果たせないまま、これからもこの色のない時代を生きるしかないのだとぼんやり思いました。


 そんな私も大人になり結婚をして、子供が産まれました。先日、小学校に入学する一人娘のランドセルを選びにショッピングモールへ行きました。売り場には色とりどりのランドセルが並んでいました。艶のあるベーシックカラー、可愛らしいパステルカラー、オシャレなチェック柄。時代が流れ、ランドセルもここまで進化したかと感嘆としました。

 ランドセルを選ぶ娘の目は、いつかのおばあちゃんの目にそっくりで、まるで宝石が七色に輝くように色彩に溢れていました。
 どれも美しくて、可愛くて、娘に似合います。娘もどれにしようか悩んでいました。色彩豊かなランドセルにさすがに決めかねたのか、娘は私に聞いてきました。



「ねぇ、パパはランドセル、何色だった?」

「パパはピンク色だったよ」



 あ、みなさん、びっくりしました?

 そう、この話は平成初期のランドセルが赤と黒だけだった時代に、ピンクのランドセルを背負った男の子の物語だったのです。

 でもね、娘は驚きさえしませんでしたよ。


「へぇ、パパはちっちゃいときからオシャレだったんだね!」

 なんて、娘は言うんですよ。
 これが令和なんです。良い時代です。


「はると君もよくピンクのお洋服を着てるんだよ」
「へぇ、そうなんだ、はると君って幼稚園の子?」
「そうだよ、あやのカレシだよ」
「え゛っ」


 いえ、令和、すごい時代です。


 後日、入学より一足先に、施設に入所しているおばあちゃんに、ひ孫のランドセル姿を見せに行きました。

 車椅子にすっぽりとおさまったおばあちゃんは、私のランドセルを買ってくれた時よりもすっかり小さくなっていました。毎回会うたびに、小さくなっている気がします。

「おばあちゃん、久しぶり」
「そうちゃん、また大きくなったねぇ」
「俺もう35だからね。流石に身長は止まってるよ。娘の彩だよ、覚えてる?」
「彩ちゃん、大きくなったねぇ」

 小さくなったおばあちゃんは、会うたび私に背が伸びたとか大きくなったとか言ってきます。最近は車椅子に座っているのも疲れると言うおばあちゃんに無理は禁物です。手短に話を切り出します。

「今日はおばあちゃんに、彩のランドセル姿を見せにきたんだ」
「あら、かわいいねぇ、水色にしたの」
「うん、ここがチェックでオシャレなの。水色じゃなくて、これクリアブルーっていうんだよ」
「オシャレねぇ」
「おばあちゃんにも貸してあげるって彩が言って聞かないんだよ、なぁ、彩」
「軽いから、ひいおばあちゃんも持てるよ」
「そうなの、ありがとう。あら、ほんと、軽いねぇ。なんだか、そうちゃんのランドセルを買った時の事を思い出すねぇ」

 私はドキッとしました。
「あの時はごめんね」
 娘の前で、少し照れくさくなります。

「あの、ランドセルを買った日、おばあちゃんが帰る前に、そうちゃんがランドセルを背負わせてくれたよねぇ」

 僅かな時間、時が止まった気がしました。突然、私の記憶にはない話が飛び出てきました。

「えっ、そうだっけ。全然それは記憶にない」
「そうよ。おばあちゃんが帰る前に、泣きながら玄関までピンクのランドセルをズルズル引きずって持ってきて、約束だからって」
「ええっ、覚えてないよ、初耳だよ」
「夜遅かったもんね、眠かったのよ。」

 確かに、あの日の夜の事は記憶が曖昧でした。ピンクのランドセルをどうするのか、夜遅くまで家族で話し合っていました。おばあちゃんのために選んだピンクのランドセルを両親に否定された事が悲しくて、私はずっと泣いていた気がします。

「そうちゃん泣きながら、約束だから貸してあげるって言ってね、おばあちゃんに背負わせてくれたのよ、ピンクのランドセルを。あの日の夜に。おばあちゃん、すごく嬉しかったの」
「俺、おばあちゃんにランドセル背負わせてあげられていないと思ってた」

 私にはすっかり記憶がありませんでしたが、おばあちゃんは昨日のことのように思い出しているようでした。そう話している時の目は、優しく垂れて、あのランドセルを買った時と何も変わりませんでした。


「ねぇ、ひいおばあちゃん、あやのランドセル背負う?」
「ありがとう。ひいおばあちゃんは彩ちゃんがランドセルを背負ってるのを見てるだけで楽しいの。ひいおばあちゃん、立つのも大変だから。彩ちゃん、ほら、背負って見せて」

 おばあちゃんは彩を見ながら言いました。

「良い時代になったねぇ」

 私も彩を見ながら言いました。

「本当に、良い時代になったねぇ」

 彩はランドセルを背負って私達に見せてきます。でも、せっかく可愛い姿なのにしかめっつらになってしまいました。

「ねえ、二人でさっきから何話してるの?」
 どうやら、私とおばあちゃんが2人で話しているのを見て嫉妬してしまったようです。

「パパが、ランドセルを買った時の話だよ」

 そして私は、彩が背負うランドセルに目を向けると、昔話をはじめました。




おわり



ニュースを見ていると、今の時代の悪い部分にばかり目が向いてしまいます。
でも少し立ち止まって身近なモノに目を向け、その歴史や進化を紐解くと、着実にこの国が豊かになってきたのだと思えます。
今眼前に広がるカラフルな時代は、戦後のモノクロ時代から一つずつ色を集めてきてくれた先人たちによって作られたものだと思わされる今日この頃です。
きっとこの色たちの下には、一人一人の人間の多くの苦しみがあったのだろうと思います。
人生の諸先輩方に美しい時代をありがとうとお伝えしたい。そんな思いでこの小説を書きました。

           戦後79年目の夏


たくさんのご感想いつもありがとうございます🥰
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読者の方とのコミュニケーションも大切にしていきたいと思っていますので、是非ともコメントしていってくださいませ☺️


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