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春眠 悪夢を 覚えたり

今日は春一番が吹いたらしい。

気持ちの上では、春に少しずつ近づいていく、この時期が大好きだ。

景色に少しずつ色が息づいていくのも、空が靄がかってホンワリしてくるのも。

しかし。

身体的には、変動の激しい季節の変わり目として、実はなかなか厄介だ。

以前、変な夢日記のようなものを書いたが、私は季節の変わり目には、変な夢、怖い夢をやたらと見がちだ。

眠い、怠い、毎日悪夢3本立て、の日々だ。

今日も、

「娘の運動会、開会前に校庭を歩き回り、いろんなママさんたちと話しているうちに、ハッと、自分が家族全員のお弁当を持っていない、それも、家に置き忘れたわけではなく、お弁当を全く作ってもいなければ、その材料を買うことすらしていない、ということに気がつき、愕然とし、激しく焦り、家に戻ったら、学校にいるはずの娘が、まだ着替えもせずに家にいて、私『何やってんの?早く着替えていかないと間に合わないよ?!』、娘『体操服、学校に忘れてきた…』、私『えー?!』…」

そんな、二重の「禿げそう案件」に頭を抱える夢を見て、朝から疲れてしまった。

(目が覚めて、それが現実ではなくてホッともしたけれど。)

仕事をしていたときなんて、夢の内容まで仕事で。

終電で帰ってきて寝て、夢で仕事して、起きてまた実際の仕事に行く、という「仕事無限ループって怖くね?状態」が日常だった。

* * *

どうやら私は、気圧の変化に血圧を合わせていく機能が弱いらしい(自律神経?)。

低気圧が来ると、普段から低めの血圧がさらに低くなり、血流が悪くなり、首ゴリゴリからの頭痛、吐き気までやってくる「気象病」に支配されてしまう。

「風が吹いたら遅刻して  雨が降ったらお休みで」

という童謡の歌詞通りに行動できたら、なんて楽なんだろう、といつも考えてしまう。

それに加えて最近、朝コーヒーを飲まないと、やたらと眠たくなってしまうし、逆に15時以降カフェインの入ったもの(コーヒーだけでなく、緑茶、紅茶も)を飲んでしまうと、夜、頭が冴えて寝付けなくなってしまう。

厄介だ。

実に厄介、もう厄介以外の何者でもない。

漢方を飲んだり、朝一番にしっかり日の光を目に取り入れたり、夜にスマホを見るときに画面の明るさを一番暗いものに下げたり。

それなりに善処しているつもりだけれど、季節の変わり目の驚異の前には、全く歯が立たない、といったところだ。

悪夢をたくさん見ているということは、実質ノンレム睡眠が短くて、脳が休まっていないのだろうか。

寝ている間に、身体の疲れを癒したり、傷んだところを修復したりすることに使われるべきエネルギーが、こうして悪夢に無駄に消費されて、それで疲れが取れないなんて。

どれだけドMシステムなんだ…

こうなったら、もういっそのことドMとして、悪夢の世界で存分にいたぶられることを楽しみに変えるしかないのだろうか。

* * *

ここまで、悪夢が「悪だ!」という形で話を進めてきたけれども。

幸せな夢を見て、目が覚めて、現実との違いに虚しさを覚えるのと。

悪夢を見て、目が覚めて、あぁ夢でよかった…と安堵するのと。

どちらが良いことなんだろう。

ふと、そんなことを考えてしまった。

夢を「見せられている」状態こそが、本当の「悪」なのではないか?

夢を自分の意思で「見る」のなら、「見られる」のなら、それこそが「良し」なのではないだろうか。

夢にも自由意思を!

すなわち、明晰夢!

* * *

明晰夢、見られるようになれればいいなぁ。

そう願いながら、自らの無意識が創り出す混沌の世界の扉を、今夜もまた開けるのだろう。

春眠 悪夢を 覚えたり






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