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Berlin, a girl, pretty savage

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遼太郎の娘、野島梨沙。HSS/HSE型HSPを持つ多感な彼女が日本で、ベルリンで、様々なことを感じながら過ごす日々。自分の抱いている思いが許されないことだと知り、もがく日々。 幼…
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2023年6月の記事一覧

【連載小説】あなたに出逢いたかった #23

稜央が悩む間に、梨沙も一生懸命話題を考えていた。この日のために準備してきたことを話す。 「陽菜さんからはサプライズにしたいから黙っててって言われていたんですけど…、稜央さんがジャズイベントに参加すると聞いて、ジャズに全然詳しくないから予習したりしたんです」 「へぇ…何を聴いたの?」 「確か…キース・ジャレット…?」 「へぇ、そうなんだ。『ケルン・コンサート』かな? あれ全部即興なんだよね。彼はクラシックのピアニストでもあるんだよ」 「そうだったんですか…。そういえば稜央さん

【連載小説】あなたに出逢いたかった #22

康佑と違う声で名前を呼ばれ、梨沙は顔を上げた。涙で視界がぼやける、けれどはっきりとその姿を捉えた。 「え…?」 相手も目を丸くし、言葉を失ったように茫然と梨沙の顔を見つめていた。 「稜央…さん?」 「えっ、あ、り、梨沙ちゃん…どうして…ここに…」 稜央だった。間違いない。康佑も驚いて振り返る。 「え、じゃあ梨沙が会いたかった人って、この人?」 けれど驚きのあまり梨沙も稜央も声を出せずにいた。何と言葉にしてよいのかわからない。稜央の背後から彼の友人と思しき男が「どう

【連載小説】あなたに出逢いたかった #21

梨沙は恐る恐る電話に出た。 『午前中から出かけてるなんて珍しいな。俺のこと探していたみたいじゃないか。今どこにいるんだ?』 夏希から聞いたのだろう。梨沙は咄嗟に嘘がつけず「横浜」と答えてしまった。途端に遼太郎の声が曇る。 『横浜? 何しにそんなところにいるんだ?』 「と…友達と会ってる…」 『友達って?』 「…ベルリン留学時代の、同じギムナジウムに通ってた人が横浜にいて…」 自分が話題に上った康佑は黙ったまま自分で自分を指差し、目を丸くした。 『どうしてそんな所で会

【連載小説】あなたに出逢いたかった #20

梨沙がハッと目を覚ますと時計は8時を指していた。日曜の朝。 康佑とは10時に桜木町で待ち合わせだ。 スマホをチェックしても昨夜別れた後の康佑からの気遣いメッセージが入っているだけで、遼太郎に送ったメッセージに既読は付いているものの返信はなかった。 慌ててリビングに行くと夏希が朝食の準備をしているところだった。遼太郎はいない。 「あら梨沙、珍しく早いのね」 「パパは!?」 「まだ寝てるわよ」 それを聞いて部屋に向かおうとする梨沙を呼び止める。 「だめよ梨沙! 昨日遅か

【連載小説】あなたに出逢いたかった #19

道すがら稜央が藤井にメッセージを送るためにスマホを取り出すと、遼太郎が "おやっ" といった顔で見やった。 「それ…」 言われてハッとした。会う前に外そうと思っていたベルリンベアのキーホルダー。すっかり忘れていた。 「あ、これは…」 「ベルリン、気に入ったか」 遼太郎の言葉は思いがけなかった。まさか梨沙が…あなたの娘が…僕の妹がくれたんだよとも言えず、曖昧な表情を浮かべる。 「あ、うん…」 「まぁ日本人観光客に合う街とは、よく聞くけどな」 「そういえば父さんはどうし

【連載小説】あなたに出逢いたかった #18

遼太郎にとっても馴染みのない横浜だったが、仕事仲間に紹介してもらった店を予約していた。 箸で食べる焼鳥と、それにペアリングで出される日本酒が売りの店だ。 店内は常連と思しき男性3人組と、少々年齢層の高い男女4人が誕生日会らしきものを開いていて、少々賑やかだった。 そんな喧騒を背に2人はカウンターに並んで座る。目の前では店主が忙しそうに串を炭火にかけている。 乾杯のドリンクは自由との事だったので、2人は生ビールを頼み、グラスを合わせた。 「こっちに出てくるのは久しぶりか

【連載小説】あなたに出逢いたかった #17

歩いているうちに日もだいぶ傾いて来た。稜央は見つからない。 マジックアワーは梨沙の大好きな時間だ。愛する人の色…父親の “色” がこの黄昏時の色なのだ。梨沙の持つ共感覚は子供の頃よりは弱まっているものの、色を見ることが出来る。 くん、と鼻を鳴らす。慣れない土地と大勢の観光客せいか雑多な匂いがすごかったが、微かにあの大好きな匂いも感じられそうだった。 そうして梨沙は、前をゆく康佑の肩の向こう遠く、視界に入った姿にハッと目を見開く。 「…パパ?」 遼太郎によく似た後ろ姿

【連載小説】あなたに出逢いたかった #16

10月最初の土曜日。 数日前までじっとり高い湿気を帯びた風が嘘のようにカラッとし、筆で掃いたような雲が青空に広がっていた。金木犀が陽の光を受けカーネリアンのように輝き甘く芳しい匂いを放ち、道端に落ちた花は金平糖のようだった。 金木犀もまた、強い風に儚く散る、梨沙が最も好きな花の一つだ。 家には高校の友だちと買い物に行く、と言って出てきた。遼太郎は先日梨沙がクラスメイトと揉めたと切なく打ち明けてきたが、それが解消されたのだろうと思い、ホッと胸を撫で下ろした。実際は嘘だから、

【連載小説】あなたに出逢いたかった #15

月曜の朝、梨沙の元にクラスメイトの女子学生が3人近づいて来た。 「ね、梨沙。結局S高校の文化祭、行ってたんだね」 え…と顔をあげる。3人はニヤニヤしたり、腑に落ちない顔をしていたり、様々だった。 そうか、そもそもこの子たちが誘って来たんだった。当然、どこかで目撃されていたっておかしくないわけだ。 「私たち見たんだよね、梨沙がS校の人と仲良さそうにしているところ」 「ね、あれやっぱり彼氏なんでしょう? 隠さなくてもいいのに」 彼氏、と言われてカチンと来た。 「彼氏じゃ

【連載小説】あなたに出逢いたかった #14

晴れればまだまだ残暑が残る、9月の終わりの週末。 その日も朝から晴れ渡り、強い陽射しが街を刺す。日に焼けないように梨沙は長袖の黒いパーカーを被る。ショートパンツも履くが、傍から見ると履いているのかいないのかわからない。パーカーは遼太郎のもの。また梨沙は盗み着た。 S高校に到着した梨沙は入口で案内をもらうと、出し物のラインナップに3年生はごく僅かの有志しか存在していないことを知った。 そうか、こういったイベントは受験を控える3年生は出ない人もいるのか、と初めて知った。 康

【連載小説】あなたに出逢いたかった #13

翌日、学校での休み時間。梨沙は少し焦っていた。 スマホの連絡先を何度漁っても "牧野康佑" の名前が見つからない。交換後消したか、そもそも交換させしなかったか。連絡を取ることはないと思っていたからどちらも可能性があった。あまりよく憶えていないところも、彼のことはもうどうでもいいと思っていた現れだ。 弱ったなと思っていると、たまたまクラスメイトがS高校について話しているのが聞こえてきた。康佑の通う高校である。 梨沙は思わず声の方に向かった。 「ね、今S高校って…」 「あ、梨

【連載小説】あなたに出逢いたかった #12

稜央は月に1度、母と妹の顔を見に実家を訪れる。 その日も週末で手土産を片手に訪れ、泊まって行けばの言葉に甘え風呂も済ませ、居間でのんびり寛いでいる時だった。 「ねぇお兄ちゃん。この人じゃない?」 そう言って妹の陽菜がスマホの画面を差し出してきた。そこには1枚の絵が写っている。大人の塗り絵を思わせる、非常に線の細かい絵だった。 さらに陽菜が画面をスワイプしていくと、とある絵で動きを止めた。 「あれ?これって…」 「うん、これってさ、お兄ちゃんがベルリンで描いてもらったっ

【連載小説】あなたに出逢いたかった #11

9月になって新学期が始まり、梨沙の日本での高校生活が再スタートした。 クラスは初顔合わせとなるため、初日にオリエンテーションが行われた。 アルファベット順での自己紹介で梨沙はちょうど真ん中辺りになるため、最初の方は真面目に他の生徒のそれを聞いていた。 このクラスメイトの中から、私の相手が出てきたりするのか? クラスを見回し、梨沙は直ぐに小さく首を横に振る。 こんな子供みたいな人たちと一緒にいて、何が良いっていうの? 絶対無理。 パパの代わりなんて、どうやって探したらい

【連載小説】あなたに出逢いたかった #10

遼太郎は梨沙からのやや突拍子もない質問に再び呆気に取られる。 「そりゃ俺だって一目惚れすることもあるよ。若かったし」 「今まで好きになった人の中で、その人のこと一番好き?」 「…お前何を訊きたいんだ? まさか妬いてるとかじゃないだろうな?」 「…」 「学生時代の話だぞ。勘弁してくれよ」 「…私はパパしか好きになったことがないから」 その言葉に遼太郎も黙り込む。梨沙もどうしてそんなことを訊いているのだろうと思う。 しばらく沈黙が続き、顔を上げた梨沙が何かを言おうとすると、そ