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【連載小説】あなたに出逢いたかった #20

梨沙がハッと目を覚ますと時計は8時を指していた。日曜の朝。
康佑とは10時に桜木町で待ち合わせだ。

スマホをチェックしても昨夜別れた後の康佑からの気遣いメッセージが入っているだけで、遼太郎に送ったメッセージに既読は付いているものの返信はなかった。

慌ててリビングに行くと夏希が朝食の準備をしているところだった。遼太郎はいない。

「あら梨沙、珍しく早いのね」
「パパは!?」
「まだ寝てるわよ」

それを聞いて部屋に向かおうとする梨沙を呼び止める。

「だめよ梨沙! 昨日遅かったからまだ寝てるのよ。そっとしておいてあげて」
「何時頃帰ってきたの?」
「わからないわ。私も寝ていたし」
「黒いパーカー、着て行ってた?」

夏希は怪訝な顔を向ける。

「…どういうこと? 何を知りたいの?」

梨沙は唇を噛み締め「何でもない」と言い自室に戻った。

約束の時間を30分ほど遅れる旨を康佑に告げると、駅ビル内のカフェで時間潰しているからゆっくり来い、と返信が来た。

結局梨沙が家を出る時間まで遼太郎が起きてくることはなかった。出てくる前にこっそりと寝室を覗いてみたけれど、シーツを被って熟睡していた。

「よう、梨沙!」

康佑が店に入ってきた梨沙に手を振る。

「どうした、寝坊か? お前、朝弱そうだもんな~」

のっけからの言葉に梨沙はむっとするが、康佑は気にも止めずに続けた。

「なんか飲む?」
「いい。出遅れちゃったから、いこ」
「まぁ焦るな。昨夜兄貴にちょっと聞いてみたんだ、フリーでやってるようなライブのこと。そしたら、場所はある程度決まってるけど、いつ誰が、とかは相当ランダムだから難しいかもなって。でもSNSである程度収集出来るんじゃないかって。で、探してみたんだけど…」

そういってスマホの画面を差し出す。

「この辺、お前の知り合い、いそう?」

演奏中に撮影された写真をスワイプして見せてくれるが、稜央の姿はなかった。

「いなさそう…」
「そうか…」

梨沙はHinaにメッセージを送ってみた。

おはようございます。昨日は稜央さんをお見かけすることが出来ませんでした😢どこら辺で演られていたとか、わかりますか?

すると2~3分して返信が届いた。

おはようございます🌞
昨日は添付画像のライブハウスで飛び入り参加でちょっとジャムっただけで、あとはフラフラしていたらしいです😢
今日はもう少しちゃんと演奏するみたいなこと言ってました。

もし場所がわかったら教えて欲しいと送ると「承知しました☆」と直ぐに返事が来た。

「昨日はそもそもほとんど演奏してなかったみたい」
「なんだそうか~、くたびれ損だったってわけか。あ、俺は充分楽しんだけどね。旨いカレー食えたし、こういう地元のイベントって案外まともに見に来なかったりするからさ。返って良かったくらいだよ」

じゃあ行くか、と2人はカフェを出た。
乾いた風が心地良い。イベント目当てなのか、駅から流れてくる人は思った以上にごった返している。天気の良い週末ともなれば尚更かもしれない。

道すがら康佑が尋ねる。

「ところで、昨日のってやっぱり親父だったかどうかって、わかった?」
「ううん…昨夜はパパも帰りが遅かったし、今日も私が家出る時も寝ていたから、話せてない」
「そうか。親父、社長やってるって言ってたよな」
「言ったっけ」
「ベルリンにいる時に聞いた気がする。すげーなって思ったから」
「そう?」
「社長ってトップだろ。普通はすげーだろ」

まぁそうね、と言いながら無意識に梨沙の口角は上がってしまう。遼太郎のことを褒められてしたり顔になる。

そうして康佑が調べてくれたフリーセッションの場所を周りながら稜央を探したが、やはりなかなか見つからずに昼時を迎えた。

「今日はカレー以外にして」
「梨沙は何が食いたい?」
「…パスタかな」
「なら店はいっぱいありそうだな」

適当なイタリアンレストランを探し歩いている時に、Hinaからメッセージが入った。
スマホを見つめたまま梨沙の声がか細く震えた。

「…! なんかもうステージやり終えたみたい…」
「えっ、どういうこと?」

Hinaが送ってくれた画像は "ここでやったみたいです" という事後のステージのものだった。

兄が全然気が利かなくて、演る前に連絡してくれなかったんです。でもこの後もう1箇所くらいで演れたら演るとのことだったので、その時は絶対事前に送れ!って言ってあります!
私の友人が横浜にいるから見てもらおうと思ってるんだよ!って兄には伝えました。

「あー、これ海っ側だな。あっち側は正直俺もノーマークだったわ」

画像を覗き込みながら康佑が言った。

「この辺じゃないってこと?」
「うん。イベント自体のメインはこっちだから、こっちにばっか気を取られてたわ。どうする? もういないかもだけど海の方行ってみる?」

梨沙はまるで鬼ごっこをしているような気持ちになり焦燥感でいっぱいになった。行くか、留まるか。究極の選択は苦手だ。

「…って言っておきながら、俺、結構腹減ってるんだよね…」

梨沙はため息をついて、いいよご飯にしよう、と歩き出した。たまたま老舗の洋食屋さんを見つけたので、そこに入ることにした。

でも、これで確実に稜央が横浜にいることを実感した。遠ざかってはいない。そう思い込むようにした。

老舗洋食屋は子供がわくわくするようなメニューがたくさん並んでいて、まだまだ舌が子供の梨沙も康佑も、どれにしようか目移りした。

「俺、ハンバーグとカニクリームコロッケにしようかな」
「え、カニクリームコロッケ、真似しないでよ」
「何だよ梨沙、お前パスタが食べたかったんじゃないのかよ」
「ナポリタンと迷ったけど、カニクリームコロッケがいいなって…」

だよな! と康佑は言い、ナポリタンとハンバーグとカニクリームコロッケを注文した。

「シェア食いしようぜ」

梨沙は不本意ながらも同意した。

料理を待つ間に梨沙のスマホにが鳴った。
遼太郎からだ。
瞬時緊張が走り、康佑も釣られて背筋を伸ばした。






#21へつづく

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