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【連載小説】あなたに出逢いたかった #13

翌日、学校での休み時間。梨沙は少し焦っていた。
スマホの連絡先を何度漁っても "牧野康佑" の名前が見つからない。交換後消したか、そもそも交換させしなかったか。連絡を取ることはないと思っていたからどちらも可能性があった。あまりよく憶えていないところも、彼のことはもうどうでもいいと思っていた現れだ。

弱ったなと思っていると、たまたまクラスメイトがS高校について話しているのが聞こえてきた。康佑の通う高校である。
梨沙は思わず声の方に向かった。

「ね、今S高校って…」
「あ、梨沙も行く? もうすぐ文化祭があるんだよね」
「へぇ…そうなんだ」

梨沙は全く知らなかったが、S高校は東大合格率○○! と話題のハイクラスな男子校とのことだった。女子学生たちはそこを狙って文化祭に行きたいらしかった。

文化祭とはなんて都合が良いのだ。何だかお膳立てされたような気持ちになる。これはこの機会を摑め、ということだ。

けれどこのクラスメイトたちとゾロゾロ連れ立って出かけるのは気が引けた。梨沙は団体行動が苦手だし、第一康佑の存在が知られたら、あることないこと騒がれそうな気がして億劫だった。

「う~ん、私はいいかな」
「え~、行かないの~? いい出会いあるかもしれないじゃん」
「えぇ、でも梨沙ってもう彼氏いるでしょ?」

別の女子生徒がそう言い、梨沙は“えっ?“ と思う。
そんな話は一言もしたことがない。第一彼氏はいない。

「いないよ」
「じゃあ、好きな人はいるでしょ、しかもいい感じの」

以前康佑にもそんなことを言われた。
そういう強いものを、自分は何か発しているのだろうか?
何だか淫乱と思われているような気がする。

実際、梨沙の想いはまともじゃない・・・・・・・から、あながち間違っていないのかもしれないが。谷崎潤一郎の世界に共感するほどに。

いると答えるとあれこれ訊かれるのが面倒だと思った。

梨沙は「いないってば」と言ったまま憮然とした表情で黙り込んだので、クラスメイトたちも気が引けたようだった。

「ま、まぁじゃあ、また別の機会に」

有耶無耶に終わらせたかった一人がそう言い、梨沙も輪を離れた。

S高校の文化祭へは一人で行くことにした。

学校からの帰り道、梨沙はホームステイで世話になったEmmaエマにメッセージを送った。

Hallo, Emma! Wie geht's? (こんにちはEmma、元気?)
あなたが予言した通り、私の絵が巡り巡ってあの旅人の妹の目に止まり、昨夜彼女からメッセージが来たの。彼にまた会えるかもしれない。

ドイツはちょうど朝方のためか、Emmaからの返信もすぐに来た。

Hi Lisa! Lange nicht gesehen! Ich vermisse dich.(久しぶり!あなたがいなくて寂しいわ)
すごい!本当にそうなったのね!Lisaの作品の素晴らしさのお陰よ!
今後は逆に日本で活躍して、こちらでもその名を轟かせてほしいわ!

帰国して2ヶ月と少しだが、彼女のいてくれた暮らしは救いだったなと思う。梨沙は第一子で弟持ちのためか、お姉さんの存在に憧れた。梨沙自身は非常に甘えん坊だけれども、本当に甘えん坊が許される姉のような存在は、梨沙にとって居心地が良かった。

生意気な弟なんかいらないのに、と思う。

お姉さんだったら、恋の相談もきっと出来たのに、と思う。

「ただいま」

帰宅しても家には誰もいない。夏希は既にフルタイムで仕事をしているし、蓮もバイオリンのレッスンか電車の旅に出ているか、だろう。

リビングのいつも遼太郎が寛いでいるソファになだれ込み、ふぅ、とひとつため息をつく。いつものように匂いを嗅ぎ、そっと目を閉じる。

しかし今日は少々落ち着かない気持ちで、再び目を開いた。

遼太郎に『だめだ』と言われた人が、再び目の前に現れるかもしれない。
運命の糸とは、本当に複雑に絡んでいるが、1本で繋がっているのだと思わせる。

しかし、稜央に出会ったあの12月以降、梨沙の心身は大荒れだった。トラウマにさえ思うほど。

それについては本来は梨沙は何も悪くない。全て遼太郎がかき乱したに過ぎない。けれど梨沙はその真意を微塵も知らない。

『見た目が似ているからという理由だけで選ぶな。絶対に後悔するぞ』

そんなこと言われたって…。似ているから好きになるというのはごく自然なことのはずだった。
ただそれが自分の場合特殊・・であることがいけないのだろうが…。
小説フィクションのようには、なかなかいかない。

梨沙はタブレットで以前描いた稜央の絵を開いた。

"好きになると思うんだよね。"

それは、学生時代のアルバムの中に見た遼太郎に再度恋しながらも、"川嶋桜子" という永遠に敵わない存在に打ちのめされたことに、再度挑むような気持ちに近かった。

完全にただの『代替え』である。
けれど『代替え』を選ばないことには、想いは浮かばれない。

梨沙は全てが稚ない。
けれどどんなに稚くとも、恋は恋として存在する。
梨沙のように普通ではない恋もまた、恋として存在する。


はぁっ、と大きなため息をついて起き上がると、ネットを開きS高校の文化祭について調べた。都心にある由緒ある中高一貫教育の男子校で、お硬そうな雰囲気を漂わせるホームページだった。

あの豪快でアッケラカンとした康佑のイメージに合わないなと思う。
勉強は出来なくてサッカーしか取り柄のなさそうな印象だ。まぁそこまで彼のことを知っているわけでも知りたいわけでもないが。

康佑だって、サッカー選手の割には背丈もそこそこあるし、目はやや細いが太い眉が凛々しく笑顔が板につく "いい男" である。彼が気に入った相手が梨沙だったことは不運である。

得てして恋とは、そんな風に敵わないから燃え上がるものでもある。







#14へつづく

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