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【連載小説】あなたに出逢いたかった #12

稜央は月に1度、母と妹の顔を見に実家を訪れる。

その日も週末で手土産を片手に訪れ、泊まって行けばの言葉に甘え風呂も済ませ、居間でのんびり寛いでいる時だった。

「ねぇお兄ちゃん。この人じゃない?」

そう言って妹の陽菜がスマホの画面を差し出してきた。そこには1枚の絵が写っている。大人の塗り絵を思わせる、非常に線の細かい絵だった。
さらに陽菜が画面をスワイプしていくと、とある絵で動きを止めた。

「あれ?これって…」
「うん、これってさ、お兄ちゃんがベルリンで描いてもらったっていうあの絵と似てるよね、ほら」

そう言い、そのアーティストが『Lisa』という名前であることを指し示した。

「え、り、リサ…?」
「間違いないよね? この人ベルリンで活動してる日本人女子高生って書いてあるし。お兄ちゃん、結構有名人に絵を描いてもらったのかもしれないよ! お兄ちゃんの手元にある絵もさ、SNSに流してみなよ。本人から連絡来るかもしれないよ!」
「えっ? や、まぁ…でもあれは…」

2人の会話にキッチンで洗い物を終えた桜子が「なになに?」と言いながらやって来た。

「ママ知ってた? お兄ちゃんさ、年末のドイツ旅行の時に似顔絵描いてもらっててさ。その描いてくれた人っていうのが、ちょっと前にSNSでバズった日本人の女の子なんだよ」
「えぇ? ちょっと話がよく見えないけど」

言いしぶる稜央の代わりに陽菜が経緯を説明した。ドイツ旅行中に街角ピアノで遊んでいた稜央を見て、ピアノを弾いているところの絵を描いてプレゼントしてくれた女の子がいたんだって、と。

「なんか面白そうな話じゃない」

興味津々の桜子に稜央は内心、面白いじゃすまないんだよその相手は…としどろもどろになった。

「その似顔絵ってやつ、見せてよ」

稜央は、ない、今はないと断る。

「お兄ちゃん、データでもいくつか絵をもらったって話てたじゃない。それは見られるんでしょ?」
「今はちょっと…普段はPCから見てるからリンクがすぐわからないよ…」

本当はそんな事ないのだが、稜央は言い訳をした。陽菜は「嘘だね、この前スマホで見ていたじゃない」とすっぱ抜く。
まぁ別に絵を見せたところでどうというわけでもないのだが、桜子に見せるのは何となく気が引ける。

しかしやはり隠し続けるのも苦しくなってきて「あ、そういえば」と白々しくスマホからファイルサーバにアクセスし、梨沙の描いた数枚の絵を2人に見せた。

「えぇ? これあんた? こんなの描いてもらったの?」
「うん、まぁ…」
「なんかお兄ちゃんのピアノを聴いて、ファンになっちゃったんだっけ~?」

茶化すように陽菜が言うので、稜央は慌てた。

「そっ、そんなんじゃないって」
「へぇ、Lisaって子が描いてくれたの。高校生? そんな若い子がすごい才能持って…大したものねぇ」

桜子の口から『Lisa』の名前が出たことに稜央はヒヤヒヤしたが、遼太郎のもう一つの家族・・・・・・・のことをどこまで知っているのかは知らない。
しかし特段顔色が変わることはなく、もしかしたら遼太郎に高校生の娘『Lisa』がいることは知らないのかもな、と思った。

「で、何。この子すごく話題になったの? やるじゃない稜央。この子の写真はないの?」

桜子はまるで、息子が有名人と知り合いになったかのように楽しげだった。

「そうなんだよね、顔が写ってる写真載ってなくって…これなんか後ろ向きだし雰囲気だけだもんね。ねぇお兄ちゃん、連絡取ってみなよ。絶対お兄ちゃんのこと憶えてるはずだからさ!」

陽菜も乗じてノリノリだったが、稜央は内心で勘弁してくれと思いながら「いいよ、そこまで別に」と逃げた。

「でも陽菜、よく見つけたなほんとに」
「お兄ちゃん前に、ママと2人でドイツ旅行いけばって話したことあったでしょ? それから何となく気になって調べたりしてたんだよね。そしたら引っかかってきたの。ベルリンで話題になった日本人女子高生アーティスト、って」

全く本当に、どこで繋がっていくかわからないなと稜央はヒヤヒヤしたが、まぁそれでもそこまでだ、とこの時は思っていた。

しかし事態は思わぬ方向へ進んでいく。


***


梨沙はある日、1通のメッセージを受け取る。

ベルリンの芸術イベントで壁画を制作した際にサイトに載せてもらった、その運営者からだった。
梨沙にコンタクトを取りたいと連絡が来たので、それを転送する、とのことだった。

送信者はHinaとあり、内容を読んで驚きのあまり "ひっ!" と声を上げてしまった。

初めまして。突然のメッセージ申し訳ありません。

実は昨年の12月、私の兄がベルリン旅行中にLisaさんに絵を描いてもらっているんです。ピアノを弾いているところです。憶えていらっしゃいますか?
その後にLisaさんが大変な活躍をされていることを知り、思わずメッセージを送っています。兄は引っ込み思案なところがあるので恥ずかしがっているのですが、こんなきっかけそうはないと思いました。

Lisaさんの描いた絵は額縁に入れて兄の部屋に飾ってあるんですよ。連絡が取れたら兄も喜ぶと思います。

これは…ここにでてくる "兄" というのは、間違いなく稜央のことだ。 稜央の妹から連絡が入ったということになる。

Hinaの連絡先も一緒に記されていた。

まさか。

Emmaの言葉がありありと甦った。

“リーザが世界に名を轟かせたら、いつかあの旅人の目にも止まるかもよ”

まさか、本当に?

梨沙はすぐに返信を打った。

憶えています! りょうさんとおっしゃいましたね?
旅行中とのことでその後連絡が取れなくなってしまったので、残念に思っていました。
私も今は日本に帰ってきていて東京にいるのですが、りょうさんはどちらにいらっしゃるのですか?

やはりすぐに返信が来た。彼女の回答は…なんと遼太郎の地元と同じ県だと言うではないか。
顔が似ているだけではなくまさか、そんな所まで一致するなんて…。

偶然にも、私の父がそちらの出身なんです! ついこの間の夏休みに遊びに行っていたんですよ! もう少し早く知っていたらお会いできたかもしれないのに…。でもそちらに行く機会はありますので、ぜひお会いできたら嬉しいです!

梨沙がそう返事をすると "Hina" もその偶然に驚いていた。是非!とのことだった。

実は兄が今度、横浜のジャズイベントに参加するんです。誰でもライブ観られるみたいです。詳しい場所とか時間はよくわからないんですけど、良かったら観に行ってやってくれませんか? あ、兄の顔、憶えてます?

梨沙は憶えている、と送ろうとして、手を止めた。
その顔はもう、ほぼ上書きされているからだ。

ちょっと…おぼろげです。すみません。でも絵があるのでわかると思います。

そう返した梨沙に、Hinaは1枚の画像を寄越した。どこか出掛け先で撮られたもののようで、はっきりと顔が写っていた。

それを見て梨沙の胸は熱くなる。若き日の遼太郎に、本当に瓜二つだった。
12月に彼に初めて逢った時の衝撃も甦る。

"ありがとうございます!" と返信すると、詳細がわかったらまた連絡します、と返ってきた。

梨沙は興奮して異様に胸が高鳴っていた。とっくに消え去ったはずの想いがふつふつと湧き上がる。

もう一度会ってみたい。

そして『横浜』と言うキーワードを聞いて、もう一つのことを思い出していた。

牧野康佑。

ベルリン留学時代に同じギムナジウムにいた、1つ上の留学生だ。彼は横浜に住んでいると話していた。
梨沙は横浜の土地勘が全くない。

彼に聞いてみようか。ジャズイベントのことも知っているかもしれない。

悔しいけれど梨沙は、康佑にコンタクトを取ることにした。





#13へつづく

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