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【連載小説】あなたに出逢いたかった #14

晴れればまだまだ残暑が残る、9月の終わりの週末。

その日も朝から晴れ渡り、強い陽射しが街を刺す。日に焼けないように梨沙は長袖の黒いパーカーを被る。ショートパンツも履くが、傍から見ると履いているのかいないのかわからない。パーカーは遼太郎のもの。また梨沙は盗み着た。

S高校に到着した梨沙は入口で案内をもらうと、出し物のラインナップに3年生はごく僅かの有志しか存在していないことを知った。
そうか、こういったイベントは受験を控える3年生は出ない人もいるのか、と初めて知った。

康佑は1つ上だから、帰国後は3年生になっているはずだった。

会えないのでは意味がない。けれど横浜のジャズイベントの開催時期も迫っている。
そう言えば、確か彼はサッカーをやっていたと話していた。もしかしたらサッカー部の出し物の所にいるかもしれない。校庭で焼きそばを売っているらしかった。
焼きそば、そこまで今食べたくないけど行ってみるか、と顎に手を当て考えていた、その矢先。

「お嬢さん、お一人ですか? 案内しますよ」

声を掛けてきたのは見知らぬ男子学生…、S高校の学生だ。男子校の文化祭に一人で乗り込んでくる女子学生は格好の餌食になることを、梨沙は自覚していなかった。あまりにも世間知らずだ。

「結構です」
「誰か知り合いいるの?」
「います」

咄嗟に答えてしまった。相手は「何年何組の誰?」と訊いてくる。

「3年の…康佑…なに康佑だっけ…」

彼の姓を憶えていなかったが、学生は「約束はしてます? 3年生は基本的に来ていない人が多いから」と案の定、言った。

えっと…としどろもどろする梨沙の背後で、声がした。

「あれ? 梨沙じゃね?」

聞き覚えのある声に振り向いた。
なんと康佑本人だった。彼は私服で、白いTシャツに、着古したEDWIN503のポケットに手を突っ込み仰天した顔をこちらに向けて立ち止まっていた。

「え、なに?お前こんなところで何やってんの?」

梨沙も話している側から会えると思わず、しかしこの状況から救われた思いがして駆け寄った。声を掛けてきた学生はそそくさと去っていった。

「何やってんのって…君に会いに来たんだけど」

梨沙の言葉に康佑は呆然と口を開けている。

「えぇ、俺に!? どういうこと?」
「ちょっと用があって。それにしても3年生だからもう文化祭には顔出していないかと思った」
「あ、あぁ。俺留年したんだ」
「えっ…?」
「誤解すんなよ! 自主的に留年したの。日本でもう1回2年生やって、それで進学することにしたんだ」

そういうこともあるのか、と梨沙は思った。

康佑は梨沙をまじまじと見た。どう見ても男物の黒いパーカーを被り、そこから彼女の白くて細い腿から裾から伸びている。ちゃんと履いているのか否か、男子校の学祭に随分と際どい格好して来て、でもわかってないんだろうな、と思う。媚びているつもりがないのに媚びたような奴が一番厄介なんだ、と。

「お前、パンツ履いてるのかよ」

梨沙はキッと睨んで大きな声を挙げ手を振りかぶった。

「どこ見てんのよ!」

避けながら康佑は思う。いやいや、お前が見せつけてるんだろう…。

「履いてるに決まってるでしょ!」
「だよな。悪ぃ悪ぃ。…で、俺に会いに来たって…なんで? 実は俺に会いたくてたまらなかったとか?」

梨沙はプッと頬を膨らませ、康佑の身体を叩いた。

「いてっ! お前なぁ、暴力はいかんだろうが」

構わず梨沙は澄まし顔で続けた。

「君さ、確か横浜に住んでるって言ってたよね」
「そうだけど…それがどうかした?」
「案内して欲しいところがあるの」
「案内? どこに?」
「10月に横浜でジャズのイベントがあるでしょ。それに行きたいの。でも土地勘も何もないから」
「それってデートのお誘いってことでい…」
「違うから」

被せ気味に突き放すように言った梨沙に、康佑はようやく笑顔になった。

「おー、梨沙だ。相変わらずの梨沙だ。なんかちょっと安心」

嬉しそうに繰り返す康佑に梨沙は舌打ちしたい気持ちだった。彼を喜ばせたいわけじゃないのに。突き放そうとすると喜ぶなんてどれだけMなの。

でも今回は仕方がない。他に頼りどころがないのだから。

こうして渋々ながらも梨沙は康佑と連絡先のIDを交換した。

用の済んだ梨沙は「じゃあ改めて連絡する」と帰ろうとしたが、せっかくだから校内を案内する、と康佑が言う。

「ご安心を。指一本触れないから」
「当たり前」

梨沙もまぁ、確かにわざわざ休日に出てきたし、せっかくだからと康佑の後をついて歩いた。

出し物は朗読劇もあればロボット制作の展示などもあった。
男子校ということもあり、すれ違う梨沙にサッと目を走らせる生徒も多い。こんな格好をしていれば尚更だ。梨沙はそれを冷ややかに受け流して行く。
それに気づいてか、康佑が訊いた。

「梨沙、お前の格好いかにも "彼氏の借りて着ました" 的な風だけど、男物とか買って着てるわけ?」

梨沙は両腕をギュッと摑み「別にいいでしょ、そんなの」と小さな声で言った。

…そりゃ見るだろう、男だもん。俺らは悪くないと思う。
と康佑は頭の中で言い訳をする。

まるで丸みのない梨沙の尻(そもそも服がダボダボ過ぎて尻の形などわからないが)と、細い脚は少年のようだ。その印象は初めて見た時から変わらない。
ただ顔は、雰囲気は一時期グッと女っぽくなって戸惑うことがあった。

「まぁいいけど…。それよりなんか観たいのある?」
「別に…」
「露天の方がいいか。グラウンド出てみよ」

校庭に出ると、ありこちから芳しい匂いが漂っていた。飲食の出店が並んでいる。

「匂い嗅ぐと腹減るなー。なんか食うか」
「サッカー部、焼きそばなんでしょ?」
「何で知ってんの?」
「さっきチラシで見たし、君はボール蹴ることしか脳がないって言ってたから、サッカー部だとばかり」
「御名答。でも部活はちょっと面倒だから、別のもん食おうぜ」

康佑が言い、焼きとうもろこしを買ってくれた。正直梨沙も少々匂いに負けたところがあるので、美味しく食べながら歩いた。豪快にかぶりつく康佑に対し、梨沙は一粒ずつ齧り取る。

「お前…えらいモタモタ食うな」
「ほっといてよ」
「それにしても梨沙、ジャズなんか好きだったんか?」
「別にそうでもない」
「でもわざわざ俺を使ってまでも行きたいんだろ、横浜の。あれって色んな人があちこちで演奏してるし、有名人のはそれなりに事前に予約してチケット買わないといけないんじゃないかな」
「そう言うんじゃないから、大丈夫」

あまりしっくりこない梨沙の返事に康佑は首を傾げた。

そんな2人の後ろ姿を、ヒソヒソと話しながら見ている影が3つ、あった。





#15へつづく

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