見出し画像

じいちゃんが亡くなった日

じいちゃんが亡くなった日、私は友達と岐阜旅行をしていました
一泊二日の二日目、白川郷に向かう軽自動車の車内で報せを受けました

私が旅行中であることを知っているはずの姉から電話がかかってきて、胸がざわめきました
電話をとると、取り乱した様子の母が「ごめんね、ごめんね旅行中に、でも報せた方がいいと思って、ごめんね」と繰り返しました
電話の向こうでは、何人かが同じように混乱している音を聞きました
誰かが亡くなったんだ、とその時察しました

「今日、じいちゃんが亡くなったの」

震えるママの声を聞いた時、一瞬時間が止まりました
よくわかりませんでした

じいちゃんは元気です
いつもいつも元気です

信じられなかった
でも、嘘であるわけはなかった

信じられていなかったから、落ち着いて対応できたのかもしれません
何を話されたのかはあまり覚えていませんが、静岡に今日帰ってきて、と言われて、うん、わかったと答えたと思います

わからなかったです
何もかもが
亡くなった理由も聞きませんでした

じいちゃんが死んだ、その言葉の衝撃のあまりの強さに涙が止まりませんでした
じいちゃんが死んだ
じいちゃんが死んだ?
どういうことなんだろう
よくわからなかったけど、涙が止まりませんでした

さっきの電話は嘘だったんじゃないか、死んだ人を聞き間違えたんじゃないか
でも、そんなはずはなくて
よくわからないけれど、ものすごく悲しかったです

後部座席で涙を流し続ける私に、友達はおそらく気づいていました
でもあまり話しかけないでいてくれて、車は白川郷へと向かいました

友達に伝えるべきなのかわかりませんでした
このまま車を走らせるべきなのかもわかりませんでした

じいちゃんが死んだ
やっぱり嘘なんだと思いました
現実のこととは思えませんでした

車は白川郷に着き、私はなるべく平常に振る舞うことを選びました
私と同じ悲しみを、旅行中の友達に共有したくないと思いました
優しい子たちです
私が泣き腫らした顔でいる以上、もう楽しい思い出にはならないかもしれない
それでも、私の大切な人の死と、この岐阜旅行を、この子たちには結びつけてほしくなかった

白川郷の展望台から見た景色は、美しかったです
美しかった
じいちゃんは、もう見られないんだ
美しいものを見られないんだ

景色が何度も涙で滲みました
まだなにもわかっていない、心が麻痺した状態だったからこそ、観光地にいられたのだと思います

白川郷を出て車で3時間、後部座席に座らせてもらいました
窓から見たダムや川、美しかった
悲しかった

西岐阜駅でレンタカーを返却し、電車で名古屋駅まで行きました
その道中で、友達に「私は静岡で降りる」と言いました

名古屋駅から新幹線に乗りました
東京で降りる友達は、駅弁を買って食べていましたが、私は食欲が湧きませんでした
新幹線に乗っている時間は、1時間くらいだったでしょうか
本当のことを言うと、帰りたくなかった
静岡には、冷たくて悲しい現実がある
受け止めたくなかったです
まだ、信じていない状態でいたかったです
降りるのが怖かったです

友達にお礼と別れを告げて、新幹線の出口へと向かう時、私はひとりぼっちでした
帰りたくない、でも帰らなければならない

最寄駅の出口からの眺めが、あんなに悲しく見えたのは初めてです
帰省は、いつも心踊るものでした

母と姉が迎えに来てくれていました
車に乗り込んでからは、少しの時間何も言えませんでした
私が「よくわからないんだけど」と言うと、母は今の状況を話しました
親族が皆じいちゃんの家にいる、じいちゃんもいる、母と姉は私のお迎えのために一旦出てきた、そんなことだったと思います

聞きたかったことを聞きました
「なんで、じいちゃんは死んじゃったの」
母は、話してくれました

詳細は省きますが、じいちゃんは、1人で、死んだようです
その時の状況がリアルに私に伝わってきて、じいちゃんが死んだということが私に伝わってきて、私は声をあげて泣きました
姉ちゃんが、私を抱きしめてくれました

じいちゃん家に着くと、皆が泣き腫らした顔をしていました
和室にじいちゃんが横になっている、ということでした
足を踏み入れるのが怖かった
静かで暗い空気の中に私は歩き出しました

じいちゃんは、眠っているようでした
穏やかな顔で、よく見るじいちゃんの寝顔でした
あまりにも見慣れた顔で、また信じられらなくなりました
眠っているだけのように見えました
涙がひっこみました

何も言えませんでした
「まるりちゃん、旅行中にごめんね、きてくれてありがとうね」
ばあちゃんが言っていました

このあたりはあまり覚えていません
一旦奥に行くと、父が泣いた顔で椅子に座っていました
普段泣くことのない父です
でもその顔に特別驚きもしませんでした
よく覚えていません

大量のおにぎりや春巻きがテーブルに広がっていて、勧められました
そうだ、夕ご飯を食べていなかった
大好きな辛子明太子のおにぎりを手に取りました

父と、久しぶりにしっかりと会話をしました
いや、まだ信じられなくて、どういうことなんだろうね、眠ってるみたいと私は言ったと思います
まさか、お義父さんが一番最初なんてなあ、びっくりだよと父は言いました
あまりにもじいちゃんが穏やかな顔をしていたので、和やかに会話をしました

その後も従兄弟が東京から来たり、亡くなった時の状況をばあちゃんから聞いたりして、時間が過ぎていきました
帰る時、従兄弟に抱きしめられ、私はばあちゃんを抱きしめました
ちゃんとご飯食べて寝てね、ということを繰り返し伝えたと思います

スマホを見ると、友達から帰宅報告とお礼、そして気遣うようなメッセージと、旅行の写真が送られていました
既読だけつけて、私はもう違う世界にきたのだということを感じました

じいちゃん家を出てからの記憶は、ありません
何を話したか、何時に着いて何時に寝たのか

長く、暗く、悲しい一日でした
祖父を失った人、父を失った人、夫を失った人、が生まれた日です
じいちゃんの死にこれからどのように向き合っていけば良いのか、何が待ち受けているのか、この先どうなってしまうのか、誰もわからず、ただただじいちゃんのことを思って涙を流していました

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?