見出し画像

『「まず記憶や自覚がないことを」』


部下のNさんが辞めるという


新卒以来

この部署に配属されて

4年が過ぎた


我が部署で

唯一の女性社員


仕事ぶりは堅実

職場での人間関係も

まったく悪いようには見えず


まぁ気になる点といえば

少々おとなしく

自己主張がほとんどないこと


だから辞めるだなんて

そんな気配は

まったく感じなかった


それはある意味私の

管理不行き届きなのか


こういう場合

その理由について

本人の口から言う必要は

まったくないのだが

いちおう訊ねる


「転職?」

「いいえ」


それ以降

言葉を続けようとしないから


「一身上のご都合と…」

「いいえ」


少々私は

リアクションに戸惑ってしまい


「あ…まぁ理由は問わないよ」

「課長」

「ん?」

「身に覚え…ないんですか…」


動揺は隠したつもりだったが

きっと表情にははっきりと

浮かんでいたことと思う


「私があなたに、何か…?」

「シラをきるつもりですか!?」


突然のことに

驚いてはいるものの

はっきり言って

私はNさんに

個人的に恨まれるような

そんな覚えはない


もちろん

プライベートのことなど

このご時世で

訊ねることもなく


「本当に申し訳ないのだが…」

「…」


それから私は

酒は一滴も飲まないし

仕事が終われば

自宅へまっすぐ


「まず記憶や自覚がないことを」

「…」


妻と子供がいちばんだし

それは嘘偽りがない


「許してもらいたい…」

「それはそうでしょうね!」

「それから…」

「それから何よ!」

「こういう話は会社でしないか…」

「はぁ?だって!」


私とNさんは

同じ沿線に住んでおり

たまに帰りの時刻が同じだと

こうして並んで帰宅する


ただただ

それだけ


「こういう話は会社でしないか…」

「はぁ?だって!だって!だって!」

「だってじゃないよ…」

「だって現行犯じゃないと!」


私はNさんによく似た女性に

腕を掴まれて

そのまま駅務室へ


そこから先のことは

ほとんど覚えていない


ただどうやら私は

朦朧とした意識のなか

Nさんによく似た女性に

不手際を働いてしまったと

そういうことのようだ


皮肉なことに

Nさんよりも

私のほうが先に

会社を辞めることになるとは

わからないものだな


















この記事が参加している募集

#スキしてみて

525,302件