『戦争とスパイ』
我が祖国が敵国Qの首都を制圧した
しかもQ国の誇る重戦車部隊を
完全無人かつ全自動化された
ドローンを以って
そんな報せが世界中を
駆け巡った
完全無人かつ全自動化された
ドローンが
重戦車部隊を押し退けて
数多の人命を奪ってしまう
そんな世の中に
なってしまったのだ
私はひとり
コーヒーをすすりながら
ニュースに写された映像を
ぼうっと眺める
ところがQ国の首都
いま私が寛いでいるこのカフェは
そのまんなかにある
このカフェどころか
往来の人々は
平和そのもの
そう時代は
人間の兵力はもとより
自動化された物理的な兵器さえも
すべて2次元の中で
再現されるようになったわけ
つまり国と国との戦争も
いわばゲーム感覚
勝った負けたは
すべて画面の向こう
経済制裁だって
バーチャル通貨で行われるから
市井の人々の実生活には
まったく影響がない
我が祖国が
このQ国に勝った
ただそれだけのこと
とはいえやっぱり人間というのは
勝った負けたに執着する生き物
じきに街なかは混乱するだろう
ほら人々を扇動するような
街宣車がうねりを上げ始めた
我が祖国からスパイとして派遣され
Q国民として振る舞う私は
穏やかな休日を過ごすはずだった
このカフェの地下に潜り込む
本来ではQ国の首脳陣だけが
通行を許されるであろう
厳重なセキュリティを抜けて
そこには大きなサーバルーム
今回のこの二国間戦争の
”ゲーム”を司っていた
システムが集約されている
ガション!
全部のスイッチをオフにした
バックアップも消した
それからバケツで水をぶっかけて
物理的にダメにしてやった
戦争なんて
初めからなかったんだ
戦勝国である我がQ国は
実に聡明で
相手国の敗戦によるショックを
少しでも緩和するために
そういった措置を取るよう
私に命じていたということ
祖国から与えられた
ミッションを終えた私は
満足な心持で
ふたたびカフェの店先へ
デモが練り歩き
シュプレヒコールが聴こえる
じきにこのデモだって
「戦争なんてなかったよ」
の報せとともに
鎮静化されるだろう
冷めきったコーヒーをすすりながら
私はまた往来を眺めていた
そんな矢先
遠くの空からうねるような
大量の航空機の編隊が
こちらへ向かってくる
我が祖国の爆撃部隊じゃないか
この広場へ向かってくるのは
明らか
戦争は終わったのでは
いや
初めからなかったのでは
もとい
戦争は画面の向こうで
やるのではないのか
私は混乱した
スパイとしての使命も
何が何だかよくわからなくなった
捕虜となった際に
自決するための毒薬を含み
苦いコーヒーで
それを流し込んだ