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『だれにも内緒』


お盆の一週間は

うちの会社は基本的に

全体が夏休みになります


ただ何か緊急事態

たとえば従業員の事故だとか

急ぎ対応する必要のある

大きなクレームなど

そういったときのために

誰かしらが出勤している

そんな必要があって


わたしがまいとし

その当番をしています


代わりに他の時期に

お休みをいただけるので

独り身で故郷もない

わたしにとっては

旅行などをするのにも

好都合なんです


それから

日常忙殺されているので

溜まった案件を

一挙にこなすのに

こんなに適した時期は

ないでしょうね




わたしの勤め先は

明治時代から古く続く

とある卸の会社


オフィスビルはさほど

大きくないですが


普段であれば


わたしより早い誰かが

警備員さんから

鍵を受取って

オフィスを開錠


帰りもワーカホリックの同僚が

閉めてくれます


ところがこの時期だけは

わたしが鍵も開け閉めして




初日

溜まっていた仕事を

一心不乱にこなしました


二日目

この日もとくに

緊急対応もなく

自分の仕事に

専念できました


三日目

午前中でほとんど

やるべきことは終えて

あとはのんびり


と思った矢先

電話が鳴りました


トラブル対応かと思って

一瞬焦りましたが

帰省先で

昼から泥酔した上司が

何の用事でもなく

わたしのことを気遣うという

電話でした


無駄な時間って

まさにこれなんですけど

そう苛立つとともに


これからわたしがすることに

もしかして勘付いているのでは

そんなことも考えましたが

まさかまさか


気を取り直して

わたしが最後に残していた

いちばん大切な仕事に

とりかかります


エレベーターに乗り込み

いつもなら縁のない

最上階のボタンを押して




着いたらすかさず

社長室をノックします


どうぞと鷹揚な声が返ってきて

重い扉を開けると


社長に対面


気のせいかしら

ゴールデンウィーク以来

三か月ぶり

その割にずいぶんと

お歳をとられたような


かくいうわたしも

そうなんでしょうけどね




ああ読者の皆様ねんのため


勘違いなさらないでくださいね

わたしはそういう女ではありません


これから行うことは

れっきとした業務


しかも側近の役員や

秘書すらしらないという

社長直々かつ極秘の




それでは始めさせていただきます

こちらでよろしいですか?


わたしにとっては

わかりきった質問ですが

目の前の書類の山をみて

そうたずねます


よろしくたのみますと

またひとつ穏やかな声


それでは失礼しますと言い

わたしは社長印をお借りして

数々の決裁書類に

捺印をしていくのです


中身はわたしには

よくわかりません


ただ気持ちが優しすぎて

対人関係もあまり得意ではないのに

ただただ世襲で社長にさせられた人


その従妹いとこであるわたしが

”大事なハンコ”を

押してあげているのです


これはほんとに

誰にも内緒













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