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『命名』


ある優柔不断な夫婦が

第一子を授かった


元気な男の子だった


晩の献立を考えるのにも

軽く一時間は打ち合わせのうえ

毎度決めるような夫婦だった


我が子の名前ともなると

それはたいそうなことで


ひとまず妻の休養が終わり

夫の方も仕事がひと段落する

その頃まで

命名は先送りとなった


桜が散り

向日葵が萎びて

紅葉が舞った


男の子は一歳を迎えた

名前はまだなくて


ほんとうにそろそろ

名前を決めてやらないと

そう思っていた矢先


妻の身体に更なる命が宿った

双子だった


妻は無事

女の子ふたりを産んだ


かわいらしく可憐で

さらには双子らしい

そんな名前を付けようと

夫婦は頭を捻った


姓名判断の辞典を調べ

占い師にも相談し

徳のある坊さんも訪ねた


しかしどうにも決め手を欠いて


桜が散り

向日葵が萎びて

紅葉が舞った


その次の年も

向日葵

紅葉


そのまた次の年も…


「ねぇ…そろそろほんとうに…」

「そうだねぇ…もうそろそろだな…」


いま夫婦は揃って

男児Aと

女児Bおよび女児Cに囲まれて


老人向けグループホーム


その穏やかな

冬の日差しを浴びつつ

人生でいちばん大きな決断を

下そうとしていた


「でも…もう少し考えたいよね…」

「うん…大切な名前だから…」


自分たちへの命名は

きょうもまたお預け


そう判断した三兄弟は

職員へ菓子折りを渡して


それから両親に

また来るねと言って

ホームをあとにした























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