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「懸命」から「賢明」へと考え方を変えれば、人生が変わる 【『エフォートレス思考』を読んで】

ずっと思っていたことを体系化して提示してくれている本に出会うことが、時々あります。
グレッグ・マキューン氏による『エフォートレス思考』がまさにそれです。
この本の書評に書いていること以上の思いを加えて、賢く考えることについて綴っていきます。

真の「働き方改革」とは?

2019年12月に中国で新型コロナ感染症問題が発生して、2022年2月現在に
おいても、全世界が混乱の中にあります。このコロナ感染症問題が、日本人である私たちに立ち止まって考えるきっかけを与えることとなったものの
1つは、「働き方」についてです。
それまでは、仕事は会社や工場などの現場に行ってするものという考え方が常識だったのを、賛否両論、功罪の両面があるとはいえ、在宅勤務をはじめとして、特にオフィスワーカーはオフィスに行かなくても、仕事ができる
ことに気づきました。これは、働く「場所」の改革です。

それより前の2006年に、株式会社ワーク・ライフバランスを設立した小室淑恵氏が、社名に体現されているようにワーク・ライフバランスの第一人者としてオピニオン・リーダーとなって、長時間残業はしない・させない等に
より、プライベートの時間を充実させれば、人生がより良いものになる
うえ、仕事にも良い影響があると説きました。
それが実り、2018年にいわゆる「働き方改革関連法」が成立しました。
法令化される以前から、ビジネスパーソンの間で、ワーク・ライフバランスは共通言語として広まっていたのは周知の事実です。
これは、働く「時間」の改革です。

ここで示した2つの「働き方改革」は、制度、あるいは形やハードと言ったほうがよいのかもしれないです。
形から入ることは悪いことではないですし、はじめの一歩としては導入しやすいという理由もあります。
それでも私たちの多くが、日本人の働き方が変わったね!良くなったね!と心の底から喜べないのは、ハードに比べると変えることが難しい、考え方やマインドといったソフトの改革が追いついていないからです。
その思考面の変革の重要性を提示するのが、『エフォートレス思考』です。
もっと言うなら、何のために働くのかという、働く意味の再定義を私たちに問いかけています。

その象徴が、「懸命」に働くことから、「賢明」に働くことへの転換です。
日本語には同音異義語が多くありますが、偶然が偶然と思えないような形で対比であったり、変化の前後を示すことがあります。これが好例です。
”頑張ります” という力業はもはや言い訳にしか聞こえないことが多く、それよりもどうすればうまくいくかという効果に焦点を当てた方法を「考える」ことが大切になってきています。
ここで間違えてはいけないのは、「効率的」に働くことを目的にしてしまわないことです。効率を目的にしてしまうと、いくつところは終わりの見えない疲弊と焦燥の世界です。
効率的に働く目的は、大切なことに多くの時間を使うようにするためです。

『エフォートレス思考』のもうひとつのキーワードは、「楽」です。
この意味は、「楽しい」ことを仕事にしたり、仕事の中に見つければ、その仕事は「楽」になる、です。
ここで、「働く意味改革」が、働き方改革とリンクした形で重要になって
きます。
下図のように、現在の「稼ぐため」のみや、ほとんどの重心をそこに置いた仕事(Work)から、全員が目指す方向という極論を言うつもりはありませんが、働くことに楽しむこと、あるいは遊びに近い価値観を取り入れたプレー(Play)へと、働く意味がシフトしていくのではないかと考えています。

創造的な仕事や、イノベーティブな仕事というと大層に聞こえますが、より価値のあるモノやコトを生み出すためにはどうすればいいだろうかと考えて、知的な楽しみを仕事に組み込むことは、これからの働き方に大きな違いをもたらす可能性を秘めています。
下図は、2012年にハーバード・ビジネス・レビューに掲載された記事です。
楽しいことと幸福が近い概念だという前提で述べますが、世界のメインプレイヤーを擁する国の中では、残念ながら、創造性や生産性において見劣りがする日本(企業)にこそ、楽しく、幸せを感じながら働くという価値観へのシフトが有効です。

最後に、これは働き方の問題だけではありません。生き方の問題です。
私たちは、苦しむためや苦労をしたいために生きているのではありません。
私たちが望むのは、楽しく、豊かな日常を生きることです。
その思いを強くした、『エフォートレス思考』の書評に進みましょう。

『エフォートレス思考』の書評

「エフォートレス」。文字通り訳すなら、「努力をしない」です。
プロローグで書かれていることを少し意訳しますが、「エフォートレス思考とは、努力なしで、スマート(英語では、“賢明な” という意味です)に結果を出すことだ」と定義されています。
そして、このVUCAと言われている時代に、平静に生きる最善の道だと説いています。

この考え方に共感するのは、ステレオタイプを承知で言うなら、昭和的価値観である「Work Hard(懸命に働く)」が通じなくなってきており、平成以降の価値観である「Work Smart(賢明に働く)」こそが求められている現実に通じるからです。

本書ではそれを「頑張る」と「エフォートレス」の対立項で次のように表しています。

      「頑張る」          「エフォートレス」
〔精神〕: 大事なことをするのは、 死ぬほど大変 
                      /  大事なことをするのは、一番簡単
〔行動〕: 難しく考える。やりすぎる    /  簡単なやり方を探す
〔成果〕: 疲れるばかりで成果がでない / 余裕で正しい成果が出せる 

この項目は同心円状になっていて、中核に「精神」があり、その外側に
「行動」、さらにその外に、成果を永続的にしかも簡単に出せるようにするための「しくみ化」がきます。
本書はその順番に構成されていて、この構図をしっかり押さえておくと、
非常に理解が深まる、「簡単な」書です。

単にこの本のエッセンスや感想を伝えるだけではなく、興味深いフレーズを取り上げることで、著者と対話するかのようなレビューを書いていきます。

■ エフォートレスな「精神」

・もっとも簡単に問題解決するコツは「逆から考える」ことだ

昨今、「システム思考」が流行語になっています。
モノの時代には、保有するリソースをどう使うかという自社起点の発想が
機能していたのが、そもそも顧客は何を求めているのかというように起点を逆転させないと、感動をよんで、心をつかむことはできなくなっています。

・いちばん簡単な問題を見つけることが戦略の要だ

戦略と聞くと、経営幹部あるいは経営企画室といった部門が、難しいことを考えているというイメージがあるかもしれません。
戦略を考える過程では複雑で難しい分析や、それをもとにした仮説と検証をおこなっているとしても、社員全員にいきわたり、共通理解ができるくらいの、シンプルな戦略に勝るものはありません。

・嫌なことを我慢するより、楽しくできるやり方を探したほうがいい


いまのミドルシニア世代までは、苦しみを乗り越えてこそ成果が出ると
いう、根拠のない根性論に縛られているきらいがあります。
仕事は楽しんでするほうが、生産性も創造性も上がることは、米国の学術
研究(2012年5月号ハーバードビジネスレビュー:幸福の戦略)で明らかになっています。

・休むことを学ぶ必要はないと思うかもしれないが、多くの人はリラックス
 する方法を忘れている


人の集中力が持つのは、深い集中なら15分、子供で45分、大人でも90分だと言われています。肌感覚で考えてみると、よほど好きなことに没頭している場合で、このレベルではないかと思います。
高校までの一コマあたりの授業時間は、45~50分で、大学では90分が相場です。この時間を朝から夕方まで、集中力を切らすことなく受講していたと
いう人にいまだかつて出会ったことがありません。

仕事に置き換えてもさほど変わりません。1時間に1回程度は、ちょっとした休憩を入れた方がリフレッシュできて、生産性が上がり、ミスも少なくなるのは誰しも経験としてわかっています。だけれども、どういうふうに小休憩を入れるとリフレッシュできるか、昼休みはどう過ごすと効果的か、休日の過ごし方はどうか、まで考えている人は決して多くありません。
休み方について真剣に考えて実行している好例は、一流のアスリートやプロスポーツ選手です。

・頑張ってもうまくいかないときは、力を抜くことを試してみよう

スポーツをしている(いた)人であれば、力を抜くことが上達の秘訣であることは自明です。

■ エフォートレスな「行動」

・小さなゴールでいいから、明確な「最初の一歩」を決めて、とにかく
 始めることだ

たとえばまとまった量の文章を書かなければいけない場合に、はじめから
うまく書こうとすると一行も書けなくなります。拙い言葉でもいいから書き始めると、そこからよりよい発想が生まれてくるものです。
英会話の習得でも言えることですが、私たち日本人は完璧さを求めすぎる
傾向があります。

・一つひとつの手順を小さく削るより、不要な手順を全部取り除く方が
 早くて効果が高い

現状ありきでそこからの改善へと進むのではなく、そもそもこの手順は必要なのかという根源的な問いに立ち返ることを常に意識すると、アッと思う
ことが結構あります。
上司や先輩にその仕事の意義を聞いたときに、「ずっとやってきたこと
(やり方)だから」以上の答えしか返ってこない場合は、ドラスティックに見直すチャンスです。

・頑張りすぎて挫折するより、最低限やるべきことを終わらせよう

上司から頼まれた仕事を、徹夜や深夜までかけてやりあげて、翌朝提出すると、「ありがとう。でも、こんなにきっちりしたものでなくてもよかったのに」と言われたことはないでしょうか?
勝手に甘く見積もるのは論外ですが、過大に見積もるのもよくありません。依頼を受けた場合には、期限とどの程度の質を期待しているのか尋ねるようにすれば、頑張りすぎずに、ほどよい着地点に到達できます。

このPARTで著者が本当に言いたいことは、おそらくこの文章です。

「やらないことを増やす」のは、価値を生み出すことに集中するためだ

■ エフォートレスの「しくみ化」

・エフォートレスのしくみを設計すれば、レバレッジを効かせて成果を
 増やすことが可能になる

もっともわかりやすいのは、「複利」の考え方です。トマ・ピケティの『21世紀の資本』にも通じることですが、なぜ資産家に富が集中するのかというと、資産を適切に運用するなら「複利」の原理が働き、ある時点から幾何級数的な伸びになるからです。

目の前の問題の解決策だけを単発で考える「シングルループ学習」ではなく、どのように考えると解決に辿り着けるのかを考えて方法論を見つける「ダブルループ学習」ができると、長期にわたってその原則を使うことが
できます。

・もっとも重要なことを、もっともシンプルに伝えて、できるだけ多くの人
 に届けよう

プレゼンテーションの基本として学ぶことです。伝えたいことはできるだけ絞り、多くても3つまでにする。聞き手の属性が広いなら、ヨコ文字や専門用語はできるだけ使わずに、平易な言葉で話すことなど、「伝わる」ことを意識することが大切です。

・シンプルで簡単なこと、自分たちでコントロールできることに集中する

本書では、胸が熱くなる娘さんの難病との闘いぶりが描かれています。
現実の世の中は不条理や不可解なことがたくさんありますが、私たち一人
ひとりの能力は限られていますので、すべての解決能力を身に着けることは
不可能です。
また、他者の考えや行動を変えることはほとんどできません。
確実性が高くて、比較的簡単なのは何かというと、自分が変わることです。だけども、マインドや習慣を変えるのは自分のこととはいえ、難しいのも
事実です。
ですが、成功のための「小さな一歩(行動)」なら、なんとかコントロールできそうです。

■ エフォートレス思考を生きる

 人生は思うほど困難ではないし、複雑でもない
 途上にどんな困難が待ち受けていても、よりシンプルで簡単な道を選ぶ
 ことができる


これは読み手の受け取り方を試されます。そのまま受け取ってもよいので
しょうし、さらに先を、あるいは裏を読むこともできます。
この文章から浮かんだのは、芥川龍之介の『侏儒の言葉』にある名言です。

「人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのは馬鹿馬鹿しい。重大に扱わなければ危険である」

つまり、人生は複雑でもあり、簡単でもあるのでしょう。
ただ言えるのは、有限な時間と能力しか持ち合わせない私たちは、できる
だけ努力をせずに「楽」をすることで、「楽」しい人生を選択するほうが、よい人生を歩むことができるのではないか、ということです。

長文になりましたが、本当はこの倍以上書いても書ききれないくらい、著者との対話を楽しみことができる本です。
豊かな人生を送りたいと願う方には、お勧めの一冊です。

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