「ゆるブラック企業」にまつわるキャリア相談
先立って「ゆるブラック企業」についてのニュースが話題になりました。この言葉は2022年頃から見られる言葉であり、「ラクで居心地は良いが成長ができず収入も上がらない会社」を指すと言われています。
私は就職氷河期世代ですが、有効求人倍率が0.9倍を記録し、正社員の枠がなく代わりに非正規採用が台頭、数少ない正社員の枠は長時間低待遇のブラック企業ばかりで残ったのは剛運の人とサバイバーばかり、年を重ねてからの正社員就職は困難という状況なのでかなり理解し難いお話です。
とは言え、こうした悩みを持つ若い人は多く、私のところにも数多くご相談頂きます。そこから見えた焦りの実態、及びそうした人たちを狙ったリアルブラック企業のお話をしていきます。
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ブラック企業とは何か
ゆるブラック企業について掘り下げる前に、本物のブラック企業について言及します。厚生労働省によるとブラック企業については明確な定義はしておらず、代表的な特徴として下記の要素を挙げています。
労働者に対し極端な長時間労働やノルマを課す
賃金不払残業や、いじめ・嫌がらせ等のパワーハラスメントが横行する等、企業全体のコンプライアンス意識が低い
採用時に合意した以上のシフトを入れる
退職を申し出た際に「ノルマ」や「罰金」を理由に辞めさせない
劣悪な労働環境や、労働法違犯が疑われるようなケースがブラック企業だとされています。
一方で下記のようなものはブラック企業とは一概に言えないともしています。
単に労働時間が長い
休日出勤がある
希望とは異なる部署に配属された
上司が厳しい
仕事の密度が濃い
福利厚生が未整備
ブラック企業は大筋で心身に悪影響があるような現場を指します。実際こうした現場の話は沢山あります。特に息を吸うようにパワハラがあるような現場もあり、これらはブラック企業と呼んでも差し支えはないでしょう。
ゆるブラック企業の背景
こうしたリアルなブラック企業の特徴を踏まえると、「ゆる」が付いたところでブラック企業の要素が全くないので違和感が残ります。
実際のキャリア相談中でも記事のような声を頂くのですが、そこには「このままここに居て大丈夫なのか」という不安が共通して見えてきます。このままスキルアップしないまま残留してしまうことへの恐怖、いつか路頭に迷ってしまうのではないかという不安です。
将来不安とは何も若い人に特有のものではありません。右肩上がりの経済成長が見込めず、生成AIの進化などもある現在では今稼げているポジションの人でも何かしらの不安を抱えています。
一番良くないのは「何だか分からないけれども今が不安」という理由で転職を繰り返すことです。多くの場合、短期離職を繰り返すと待遇が悪化します。エンジニアバブルが落ち着いた現在では、短期離職が続く人は懸念される傾向があります。
非常に残念なことに、不安を煽り転職を促すビジネスも存在します。情報商材も然りですし、転職支援垢もそうですし、徒に不安を煽って転職を進める悪質な人材紹介会社も多数存在しています。
また、企業の素性がどうであれ各社も採用ブランディングや候補者体験などを踏まえて内定承諾に向けて様々な策を講じていることから、候補者も違和感を感じながらも承諾、転職してしまうケースが後を断ちません。
IT百物語を集めてきた上で、ありがちなブラック企業入りのパターンをご紹介します。
現場のエグさ、ブラックさを成長機会と言い換える
一部SES、SIer、ベンチャーなどに見られます。いわゆる「やりがい搾取」と言われるものです。私もベンチャー界隈に10年以上居ますが、「成長環境」という言葉の裏には低賃金、激務が待っている組織があります。「若いうちの苦労は買ってでもしろ」というのを曲解し、現場のハードさと低待遇をポジティブフレーミングする傾向があります。
理解に苦しむところではありますが、このドMなブランディングが新卒就活生にポジティブに響くことが稀にあります。就活の面談でも「今のうちに苦労するのが良いかと思って」と過酷で低賃金な労働環境を選ぶ方が居られます。
同じく「圧倒的成長」も要注意用語です。自身が妄想する成長速度は概ね幻想であるため、幻想が打ち砕かれて幻滅するか、自身の能力が追いつけていない気がしてメンタル不調に陥ります。
個人的に様々な方のキャリアと向き合ってきて感じることは、「その働き方は持続可能なのか」という点に尽きます。「3ヶ月くらいなら耐えられるかも」みたいな職場には進んで行くべきではありません。レブリミットに長時間当て続けたエンジンは壊れますが、ヒトの心身はもっと脆いです。メンタル不調者はIT界隈では珍しくありませんが、転職の際のネックになりやすいです。「君死にたもうこと勿れ」と思うばかりです。
任せる領域のレベル感を勘案せずに未経験をアサイン
この半年で減りましたが、とにかくヘッドカウントを集めたい企業が今でも存在しています。
志の低いSESなどには確保工数で請求を行うことを根拠に未経験を安価に採用し、顧客には経験者であると脚色してアサイン・請求を行うところが昔からあります。ここに教育の概念はないことが多く、あるのは「各人で生き抜け」というだけです。稀にサバイバーが居ますが、それ以上にメンタル不全で脱落者が居ます。
スタートアップなどでは更に事情が異なります。VCから資金調達を得た場合、事業進捗の報告時に採用状況をセットで報告する場合をよく見ます。早く正社員を入れなければならないと焦るが故に、スキルも経験もない人を採用し、「事業体制が進捗しました」と言ってしまうパターンが散見されます。
これの究極系は未経験エンジニアなのにスタートアップのCTOというものです。共同創業者で経歴の浅いCEOとCTOが居るということであれば千歩譲って理解できなくはないですが、「『CTOを採用しました』と言うためにエンジニアらしきヒトをCTOに据える組織」はあります。CTOについては10年前から「CTO候補という求人が見せ看板になるため、エンジニア採用が捗る」「CTOが居るとエンジニア採用が成功する」という言説があったため、その名残だと思われます。これらの手法はエンジニア採用に強い有名企業ではもう採用されていませんし、転職をしたことがある経験者エンジニアからも「要注意」扱いされる手法となっています。もちろん適切な人事ではないため、直ぐに破綻しますし、能力不足で降格やクビ宣告されたお話も耳に入っています。
M&Aのかさまし
昨今開発リソース確保を目的としたSESのM&Aが起きています。買い手は自社サービスからSIer、コンサルティングファームなどと多様です。
実際にあったお話ですが、大手有名企業某社に買われる直前のSESの企業が求人をしており、「◯月までに内定承諾をしてくれると、某社の一員に自動的になれるためお得です」という売り文句で内定承諾を迫る企業の話がありました。どこの通販かと思うお話です。
SESのM&Aは人数とその単価感によって値段が上下するため、駆け込みで採用ハードルを酷く下げた上で雑に口説く企業や仲介エージェントが存在します。
転職を考える前にしたいチェックポイント
数多くキャリア相談を頂いておりますが、「今の状態では転職したほうが良い」「今の会社のまま異動やキャリアチェンジをしながら残ったほうが良い」というアドバイスに2分されます。概ねその割合は半々です。
特に先の記事で「ゆるブラック」などと言われがちな日系大手企業であれば残留したほうがトータルで考えると良いことが多いです。次に具体的な観点をお話します。
現在の不満点の解像度を上げる
まず現在の不満点について言語化をし、何を不満に思っているのかの解像度を上げましょう。
やりがいなどは曖昧です。転職を繰り返しても直ぐにまた虚しさを感じるリスクが高いです。
「成長」という言葉も曖昧です。どのくらいの期間でどのような状態に到達したら成長と言えるのかをきちんと言語化しましょう。ただし、 「成長させてくれる」という受け身な姿勢では不十分です。教育や、育成期間中のコスト負担は大手にしかできないので、受け身な姿勢であれば大手に居たままのほうが良いでしょう。たとえ激務であっても「生き抜く」ならOKですが、過去に何かしらの激務を生き抜いた経験がないと、自分自身の限界がわからないのでメンタル不全になりやすいので注意が必要です。やったことがないけどこれから激務をやってみます、という人は辞めておくのが無難です。
給与の場合、いくらあれば満足するのかを試算しましょう。ただしこれには後述する福利厚生なども計算が必要です。
人間関係の場合、部署異動などで解決する可能性があります。
福利厚生とローンを勘案に入れる
日系大手企業の正社員の場合、手取りが少なくても福利厚生が非常に手厚いことが多々あります。家賃補助であったり、社宅借り上げがあったりすると、転職するときに必ず試算しておかないと可処分所得が減ってしまい、結果的に貧しくなります。
また、日系大手企業の場合、ローンが非常に組みやすい傾向にあります。将来的に家や車を買うということにこだわりがあるのであれば、むやみにスタートアップに転職をしたり、フリーランスにならない方が良いでしょう。個人的にもベンチャー界隈でフラット35を組んで居る人などはその肝っ玉に感心しています。
レイオフリスク
外資ITや自社サービス系のキラキラしたスタートアップではレイオフの動きが見られます。先日もNianticの話があり、まだこの流れは続きそうです。
解雇しにくい日本においてもこのままレイオフはスタンダードになってしまうのではないかと個人的には懸念しています。
おそらく近いうちに現在バブル真っ只中のコンサルも雇いすぎてアベっている(コンサルの人たちがよく使う言葉で『待機している』Availableの意味)人たちを中心にレイオフされる展開を予想しています。
日系大手ITでも45歳や50歳で希望退職を募るケースが散見されるため、デジタル人材であれば危機意識は持っておいて損はありません。20-30代のうちに何かしらの強みを身に着けておくことをお勧めしています。リーダーやマネジメント業務、折衝などは若手に不人気なので、苦痛でなく、かつ適性があればお勧めです。
一方、日系大手製造業は非常に強いですね。もちろんコロナ禍やロシア危機のような予測し難いことは起きるので油断はできませんが、その他の企業群に比べると安定感は異常に高いです。
ぱっと見の手取りが大きな企業には、その貰える金額がいつまで続くのかということを想定してキャリア選択をする必要があります。年収が高いのはレイオフリスクも加味されたものだと納得しておく必要があり、生涯年収を定年までざっくりと掛け算してはいけません。このあたりは信頼のおけるファイナンシャルプランナーの人と繋がっておくことをお勧めします。
パートナー、家族理解
ベンチャーで採用していると配偶者ブロック、親ブロックなどが頻繁に発生します。公務員などでも言えることですが、安定した企業に入社しているという属性を評価している身内というのは少なくありません。何が不満で今後の設計をどうしていきたいのか、整理・言語化してプレゼンしてください。
社内異動から打診しよう
モダンなスキルセットを身に着けたい。
新規事業のようなことをしたい。
こういったような事情は分からなくはありませんが、必ずしも転職がすべての回答とはなりません。特に大手企業の場合、これらのトライアルをしている部署が社内に見られます。そうしたところに言って話をしてみたり、キャリアチェンジ支援制度や異動希望を出してみるということをお勧めしています。
この選択肢は転職に伴う待遇減少を受けにくく、履歴書も汚れないので非常に手堅いです。上司に退職意志を伝えるのと、異動相談をするのも心理的なハードルはさして変わらないでしょう。また、企業側も勤怠状況すら分からない人を未経験採用するより、人事労務に問い合わせれば大筋で分かる社内の人の異動受け入れをした方がリスクが低く、採用コストもかからないので歓迎されます。また、他社に転職するより待遇の凹みも少ない傾向にあります。
キャリア相談、企業側採用・定着相談共に受け付けています。お気軽にどうぞ。
企業側の対策
下記の本でもこれまで述べたような入社前後での期待値ギャップについて、新卒・中途と職種を問わずに言及されています。オンボーディング施策の組み立てにも役立つかと思いますのでご一読ください。
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