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エンジニアバブルとは何だったのか

2022年11月からの世界的な景気後退と共に、外資IT、メガベンチャー、一部スタートアップによる札束で殴るオファーが激減しました。現在の採用ポジションや採用時例を見ていると、求人倍率は他業種に比べるとまだ高いものの、欠員補充などで手堅い人材を現実的な金額で提示するに止まっている組織が多いようです。また、エンジニアバブル期に勢いで相場より高い待遇で採用してしまった人材についてはレイオフだったり、ハラスメントに近い自主退職を促すようなハードコミュニケーションなども見られています。

今回はエンジニアバブルの背景を整理することで、また大なり小なり起きるであろうバブルに備えることを目的としてまとめます。

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エンジニアバブルとは何か

IT業界では新興の業界ということもあり、大小のバブルが発生しやすい特徴があります。この20数年の日本国内を振り返っても下記のようなものがありました。

  • ITバブル(1999-2000年)

  • クラウドバブル(2010年前後)

  • ソーシャルゲームバブル(2010年代前半)

  • AIバブル(現在)

このコンテンツで言うエンジニアバブルとは、プログラマを中心としたエンジニアが売り手市場となり、待遇が右肩上がりで提示されやすい状況を指します。エンジニアバブルでは求人倍率が上昇し、即戦力採用が活発化しました。提示年収が現年収比 1.25倍を超えたりすることも多々ありました。年収アップなどの理由を元に1年程度で転職を重ねる方も少なくありませんでした。

経験者層の年収アップや、採用コストの上昇に伴い採用枠の軟化も起き、未経験者の採用であったり、現職で実績の無いスキルに対するキャリアチェンジの許容に繋がっていきました。

エンジニアバブルは2015年頃から2022年10月末まで続いたと言え、上記のバブルと比較をしてもかなり長かったと捉えています。長期に渡ってのバブルだったため、しばらくは余韻が続くものと考えられます。このバブル後の余韻が厄介で、一時的な凹みなのか、熱狂の終焉なのか分からない状態になりやすいです。バブル期と同じ感覚で転職活動をしたりすると、待遇に悪影響が出やすいため注意が必要です。

エンジニアバブルを振り返り、構成要素を整理する

エンジニアバブルが発生したり、激化した背景について整理をしていきます。

アベノミクス

2010年代前半のIT業界は、ソーシャルゲームバブルなどありましたが、待遇上昇を根拠にした転職は多くはありませんでした。自社サービスなどはMVV (Mission Vision Value) や世界観、やりがいなどを推すことでSIerやSESから待遇据え置き、もしくはダウン提示で入社して頂くことができていました。

2015年からのアベノミクスで景気が上向くと、まずは新卒採用あたりから変化していきました。交通費・宿泊費の企業負担を含めたハッカソンやインターンが拡大していきます。インターンで40万円/月以上稼げるという話が出ていたのもこの頃です。北海道の学生がインターン情報をスクレイピングし、交通費支給の企業を抽出してうまく交通費ゼロで就活できるようにシステム構築していたのを見たこともあります。2019年にはこの傾向が頂点を極め、学生の心を掴むために会食(寿司、叙々苑以上の焼肉、キャバクラ、輸入車で首都高ドライブ)が行われ、ギラギラした訴求合戦が行われていました。

私自身は費用対効果が気になり過ぎたこともあり、自社の採用にブレーキを掛けましたが、世間的にはメガベンチャーを中心に引っ込みがつかない状態になっていました。この点についてはコロナ禍となった2020年には感染予防のためのオフライン接触禁止という収束をかける大義名分ができたため、現実的なレベルに回帰できたと言えます。バブルの事象の中では希有な例でしょう。

ダイレクトリクルーティングブーム

2010年代中判にダイレクトリクルーティングのブームが起きました。

海外を見るとリファラル、Indeedのような求人掲示板、LinkedInのようなSNSでのスカウト、少数派の人材紹介でエンジニア求人をするのが一般的です。そんな中、男女のマッチングサービスにヒントを得て発展してきた日本のダイレクトリクルーティングはかなり特異な発展をしています。

一般的に転職界隈は男女の仲介にヒントを得たサービスが多々見られます。私も男女のマッチングサービスとスカウト媒体の中の人をやっていたため話題になるのですが、各社の中の人と話をすると参考にされていることが非常に多いです。

  • リファラル→友人紹介

  • 人材紹介→お見合い

  • 1on1イベント、座談会→街コン

  • スカウト媒体→マッチングサービス

  • カジュアル面談を目的としたスカウト媒体→デーティング系マッチングサービス

総じて海外企業からすると日本の求人事情は「面倒くさい」ものであり、「間の業者に払うコストが高すぎる」と思われやすい傾向にあります。ガラパゴス的に進化したものが、日本の転職支援系サービスと言えます。

ダイレクトリクルーティングの台頭により、希望給与や条件を人材紹介会社のようなバイアスを抜きにして「言ってみる」文化が拡がりました。強気で給与交渉できる人には使い良いですし、そうでない人や、キャリアに迷っている人には使いにくい傾向があります。ただ世間的にエンジニアの給与水準を急速に上げることに繋がったという側面は事実でしょう。

DXブーム

2018年頃からの流行語です。「2025年の壁」などに端を発しましたが、少子化の問題や、雇用の難しさ、働き方改革などの影響、第三次AIブームとの相乗効果により業務効率化の文脈で様々なSaaSが登場したり、研究開発分野が過熱したりしていました。

特にAI領域に関してはコロナ禍の初期で景気が悪化した際と、2022年11月に外資ITが失速した際に研究開発チームの解散が散見されました。プロダクトが先行して存在し、そこにAIや機械学習を組み込んで行くスタイルであれば継続しているものの、一山当てるのを狙って先に投資をしてしまうスタイルのものはマネタイズやPoCの着地がうまく行かず、解散する傾向があるようです。

外資IT、外資コンサル、コンサル

外資ITは日本の給与水準をかき乱していきました。コロナ禍によるリモートワークの浸透もあり、外資スタートアップに好待遇で入るというケースも増えました。「日系企業の待遇がいかにダメか」という後ろ足で砂をかけるような言説には「物価とか為替とか色々あるでしょうに」と苦々しく感じながらも辟易としていましたが、今ではしっかりとレイオフも起きており、随分と静かになりました。

先日のWBSでは「海外で働く」「海外人材と働く」というテーマで特集がなされていましたが、そこには派手な待遇に惹かれる海外人材の姿はなく「日本の教育環境が良い」などの理由でやってきている方々でした。

一説には「不景気下でも早々レイオフしない日系大手企業」が海外人材に人気との話もあります。企業側からすると悪天候の時にやむを得ず選択する傘みたいな扱いは気になりますし、こうした人材は好景気に転じた頃には居なくなる可能性は高いですが、日本人も今では数ヶ月から1年程度で辞める方も多いので、費用対効果が見合うのであれば良い選択なのでは無いかと考えています。待遇を買い叩かなければ、リモートでGAFAや外資スタートアップ出身エンジニアに入社してもらっている日本のベンチャー企業もあります。

また、そろそろ状況的にコンサルバブルは弾ける頃合いだと感じています。

スタートアップブーム

2022年中にVCからの大型資金が着金したところかどうかで顔色が全く違います。

2019年頃のVCは「調達したお金で良い人を良い金額で雇い、事業を進めなさい。赤字にしなさい。足りない金額は追加します。」と言っていました。

2020年と2022年に私が転職活動をしていた際、採用が主要なミッションに据えられてることが多かったのでエンジニアの給与レベルのイメージを社長さんにヒアリングすることをよくしていました。当時海外VCなどから潤沢に資金調達できていた企業などには「あまり相場とかよく分からないのですが2500万円くらいまでなら出しますよ」と言われたことがあるほどです。

特にプロダクトがまだ形になっていない学生スタートアップに対し、プレゼン資料だけ見て30万円を融資するという学生ローンみたいなVCもありました。「プロダクトが無くても、創業者の目を見れば投資決定はできる」と豪語するVCの方も居られました。投資家が皆、お金を貸したくて仕方がなかった時代だったと捉えています。

それが2023年前半現在のVCでは「赤字だと怖くて投資ができません。黒字にしてください。組織運営はスリム化(レイオフ含む)してください」と180度真逆の通達がある状態です。

スタートアップ界隈は個人的にも思い入れがある分野なので元気になって欲しいところではあるのですが、信念があった上で新規事業をしているケースと、マネーゲームの色合いが強すぎるケースがあります。お金を借りることによって事業にトラクションを掛けて勝負に出るということがここ数年は定石化していましたが、潮目を見誤ると厳しい状態となってしまいました。

同様に、取引先に日系大手企業を抱えるスタートアップは比較的安定している一方で、スタートアップを相手にしているスタートアップは非常に厳しい状態です。

日本でも2022年はスタートアップ元年などと呼ばれましたが、実に読みにくく、山っ気のある人以外にはお勧めできないキャリアです。私は百物語の蒐集が捗るので当面居ます。下記の本は2017年にアメリカのスタートアップを念頭に書かれた本ですが、大筋で似たようなことが日本で起きています。

「バブル」の特徴

人の動きを研究していく上で、バブルの事象というのは非常に興味深いものです。まだ見ぬ今後のバブルに対してよりよく振る舞うためにも、私が見てきた事象をご紹介します。

バブルの中に居ると傲慢になれる

バブルの中にいる殆どの人が「自身の繁栄」が永遠のものだと信じて疑いません。需要の高まりからその需要が定着すると錯覚する人が非常に多いです。

2000年代前半、私はインフラ界隈で丁稚の研究者をしていましたが、周りには非常に成金の大人達が多く、随分と奢って頂きました。アメリカナイズされた方が多かったので、肉が多かったです。ITインフラということもあり、これから地球上の全員がインターネットを使うことを考えると右肩上がりの成長しか考えられないため、インフラ界隈の企業に関わっていた人たちは「俺たちの繁栄は永遠だ」と豪語する方が少なくありませんでした。しかしやってきた未来は価格競争であり、ごくごく一部の人以外は長期の反映は難しかったです。個人的にも金銭面ではかなり路頭に迷っていました。当時「奢って貰った恩は後輩に繋いでくれ」と言って頂いたものの、業界を抜けて10数年経った今であれば多少は恩を返せるかなぁという状態です。

特に今回のエンジニアバブルについては期間が7年と長く続いてしまったため、揺り戻しは大きいと予想されます。

将来的なスタンダードか否かの区別がつきにくい

バブルの中核にある事象は将来的にスタンダードになれるものと、一時的なバズワード、局所的なマネーゲームの3段階くらいに分かれると考えています。

PVや耳目を集めることによって一時的に売り上げる商売の方も居られます。「これからの時代は○○」「21世紀で最もセクシーな職業」などと断言した言説が出てくると赤信号です。

スタンダードになれる技術であっても、先のインフラの話もそうですが先行者を含めた業界のトップ3以外はそこまで圧倒的な売り上げを手にすることは困難です。いくつかのバブルや成り上がった方々を観察するにつれ、単に何かの事象に対して一所懸命に打ち込むだけでは不十分であり、時代の潮流に愛されないと特にお金持ちにはなれないのだと感じるに至りました。

エンジニアバブルをどう捉えるべきなのか

7年に及ぶエンジニアバブルだったので、多少は緩やかに下降しながら余韻が残ると考えられます。しかしやがて「適切な待遇」に着地するモノと考えています。ここでは反面教師として捉え、次のバブルに備えることについて言及したいと思います。

費用対効果の高い組織運営をしよう

私自身、評価制度や給与制度のご相談を頂き、コンサルティングすることが多々あります。開発組織に関しては待遇がこの7年間は上がり続けていましたが、市況感を反映するロジックを組み込まないと払えない、費用対効果が見合わないという話になりやすいです。評価制度は企業と対象者の腹落ちがゴールであるため、納得できる形で上昇も下降も着地できるような仕組みが必要です。

また、採用コストについても長らく右肩上がりの状態が続いていました。リファラル採用、直接応募、アルムナイといった従来から存在している形での採用経路も見直しつつ、費用対効果の高い組織運営をしていく必要があります。

【求職者】何のために働くのかの明確化

大手スカウト媒体などを見ていると、10人に1人くらいの割合で、毎年転職している方を見ます。2020年に未経験からエンジニア転職をして2社転職している方も居られれば、10年10社の方も居られます。今までは好景気もあったため、「社内で出世するよりも他社に転職した方が年収が上がる」という事象がありました。

しかし2022年11月以降は好待遇で殴りかかってくる企業が居なくなったため、給与を理由とした転職の意思決定がしにくくなりました。現職に残るのか、転職をするのか、フリーランスになるのか、という手前の方針で悩まれている方も多々居られます。採用工数の観点からこうしたお悩みに付き合ってくれる企業も居ないため、企業選びの手前で悩んだ素振りを見せるとお見送りされるケースもあります。

必ずしも転職しなければならないという理由は、仲介ビジネスをしている人たち以外にはありません。現職に残る理由も含めて言語化する必要があります。また、ハラスメントや倫理的な観点からどうしても耐えられないであるとか、譲れない理由などを元に転職の意思決定をするのが不景気下では重要でしょう。

【求職者】固定費

転職相談を受ける際、必ず「いくらあれば暮らせますか?」という質問をしています。エンジニアバブルであればあまり意味の無い質問だったのですが、ここのところの不景気下ではかなり重要な質問となっています。上振れした給与が下がる可能性があったり、特にエンジニア転職やキャリアチェンジを今試みている人には現実的な給与提示が行われるため、家計にダイレクトに深刻に響く問題となりやすい状態です。

私自身、ワーキングプアなども経た浮き沈みが激しいキャリアなこともあり、フラット35などは組める気がしていないのでずっと賃貸です。同様に大きな固定費である車もあまり食指が動かない状態です。人生を俯瞰したときにバブルのピークの収入に合わせ、それを使い切るような固定費を抱えるとかなり厳しくなります。数多くの方のキャリアに向き合ってきましたが、一度上がってしまったライフステージを下げる行為は相当な苦痛を強いられます。

自身の家計に影が差し掛からないうちに、ファイナンシャルプランナーに相談するのも良いかと思います。余談ですが、私は「何があるか分からなすぎるから賃貸。老後に1500万くらいで中古のマンションを買って棺にしろ」と言われています。

エンジニアバブルは7年続きました。暫くは好景気下だったことに引きずられ、迷走する方も多いと思われます。路頭に迷うシナリオは十分考えられますので、お気をつけください。キャリア相談も受け付けておりますので、お気軽にご利用ください。


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