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「エンジニアの機嫌取りはすべき?」 エンジニアのアウトプットと評価と景気

エンジニア採用も一部企業を除いて縮小傾向にあり、全体的に不景気が感じられます。これまでエンジニア採用や待遇の押し上げを行ってきた企業群は外資(特に外資コンサル)とスタートアップ(特に海外VCから調達できているところ)でした。

不必要な増員を投資っぽく行った大手外資は採用縮小どころかレイオフに走り、VCの調達が慎重になったために調達時期の様子を見ながら採用を減速しているスタートアップもあります。資金調達をしたばかりのスタートアップは変わらない印象ですが、強気に何でも採ろうという感じはなく、堅実な歩みを感じます。一方、SESも案件終了の兼ね合いで新規案件を探す動きが散見され、世間的なプロジェクト縮小の動きを感じます。

そんな中、「マネージャーの仕事はエンジニアの機嫌を取ることであるという人たちは何なの?」という話がTwitterで話題でした。スケジュール管理をせず、エンジニアの気分が乗ったときにだけ出てくるアウトプットを享受しようという向きに対し、疑問を投じられていた方の投稿です。今回はIT業界エンジニア界隈の諸行無常についてお話をします。

歴史は繰り返す:機嫌を取られるのは好景気の中でもバブル状態にある時のみ

2000年のIT革命からITエンジニアを志し、業界をうろうろとしているのですが「エンジニア様」とつきそうな勢いでオモテナシされるケースは過去にも幾度か見られました。いくつかその傾向についてお話をしていきます。

技術の終焉と周囲の人離れ

大きなムーブメントであれば、世間的に特定の技術が盛り上がったときにオモテナシされやすい傾向にあります。

よく例に出すのですが、以前ある先生から頂いた海外の事例です。当時あるエンジニアが学内で雇用されていました。その方は当該技術の分野のスペシャリストであり、当該技術で困るといろいろな人が頼ってくる状態でした。やがてその技術の旬が過ぎ、彼の周りからは人が居なくなりました。彼の専門分野は穿孔テープでした、というものです。

似たような話があちこちにあります。私も経験しました。私の博士のときの専門分野は往事のP2Pストリーミングでした。「インターネットユーザーの爆増に伴うサーバ・クライアント型モデルの破綻」というのを掲げながらそれなりの予算を頂いていました。それがSkypeと、AWS S3の分散ストレージ、仮想通貨を担いだブロックチェーン以外は全く見なくなった時期があります。GAFAMのようなプレイヤーがきちんとインフラを提供すればP2Pよりも遙かに安定した動画配信ができることも証明されました。Web3で復活している領域については個人的には「まだ生きてたんですね」という感想が浮かぶばかりです。

過剰な社員のオモテナシは不景気で縮小しがち

「テックカンパニーを目指したい」という会社さんはありますが、稀に「エンジニア天国をつくりたい」という経営者の方にお会いします。個人的にはエンジニア天国はお勧めしがたい取り組みです。

ゲームバブル、ソーシャルバブルに湧いていた2012年、某企業の会社紹介パンフレットにはスーパーフレックスが大々的に取り上げられました。朝方エンジニア、11時くらいに出社するエンジニア、16時に出社して25時に帰るエンジニアの一日の過ごし方の円グラフが掲載されていました。この企業を真似た会社も当時出てきていましたが、労務管理の問題と、リモートワークなどはまだまだ一般的では無かった時代だったこともあり、広くて熱効率の悪いオフィスは少人数のために空調を維持するだけでも凄い電気代になるために諦めた企業の話も聞いたことがあります。

コロナ禍前、ある企業で住宅手当が撤廃されて波風が立っていたことがあります。実質給与の一律引き下げに見えたことから反発の声が聞こえていました。

全く利用者の居ない福利厚生は問題ありませんが、利用者が多いものや金銭に関わるもの、生活習慣に関わるものは反発が考えられるため慎重にならざるを得ません。

企業内というローカル環境でもオモテナシは起き、そして止む

パソコンが何も分からない、システムのことが何も分からないという企業は多々あります。私自身も心当たりがあるのですが、1年目は概ね大切に扱われたり、表彰されたりしますが、2年目以降は「居ることが当たり前」になります。社内表彰されることもなく、他職種に比べてやや待遇が高かったりすると給与はほぼ上がりません。ITエンジニアの評価制度がない組織では評価すら上がりません。私のところに頂いたIT怪談の一つに、ある病院の情シスの方から頂いたお話があります。評価制度は「医療点数」によって決定されるため、そんなものが存在するはずもない情シスの評価は常に最低点だそうで、何をやっても月額17万円だそうです。二人目の採用にお困りでしたが、強烈な弱みを握った人のリファラルでもない限りは無理だと思います。

R&D、研究職:専門性を高めることと需要と清貧

博士の皆さんにはセミナーなどでよくお伝えしているのですが、「専門性を極める」という言葉は一聴すると素晴らしいことに聞こえるため徒に奨励されやすいのですが、その専門性に対して人とお金が頼って集まってくるかは別問題です。基本的に他人もお金も現金なので、その人の抱えた専門性にお金の匂いが無いと寄っては来ないです。P2Pと仮想通貨・ブロックチェーンの盛り上がりの対比などは象徴的です。

長期スパンで考えると人間の歴史のどこかに役立つことがあるかも知れませんが、個人が清貧を貫きながら邁進するようなことは、パトロンのような加護を受けられない限りはお勧めはできません。

人が集まり、そこそこにお金が集まるような専門性を渡り歩くのが理想です。無茶苦茶お金が集まると違うリスクがあるのでそれもまたお勧めしかねますが別のお話なのでまたいずれ。

過剰な採用合戦もなくなる

直近では2019年をピークにした新卒エンジニア採用シーンは壮絶でした。サマーインターンの母集団形成、サマーインターン、本選考、内定承諾、内定承諾後辞退防止という各局面で様々な接待を見かけました。交通費全支給、宿泊費・食事全支給というインターンが散見されました。各節目の訴求の際には寿司、焼き肉、キャバクラという話も耳にしましたし、オープンカーで首都高ドライブという話もありました。個人的には「オモテナシ採用」と揶揄していましたが、実にコスパが悪い採用手法でした。

渋谷六本木界隈のメガベンチャーがこうしたオモテナシ採用を繰り出すため、当時私が展開した2泊3日のハッカソンではインパクトが薄いものとなりました。本選考期にインタビューしてみましたが、内容を覚えている参加者が少なく、「一夏の思い出」になれるかどうかすら怪しい投資でした。

インターン期間中の給与がニュースになったのも2018年です。現在では企業毎にインターンの性質に応じて変えている傾向が見て取れます。

コロナ禍になり、オフラインで密になることが避けられてこうした「オモテナシ採用」は消えました。2023年に各社がどう展開してくるかは要監視対象です。中途採用が難しく、第二新卒の育成も途中離脱が多いので厳しいとなると、新卒に回帰する声も聞こえています。その一方で2019年のような派手さはないのではないかと予測しています。

レイオフのしにくい日本であるが故の歯切れの悪さ

2015年以降続いてきたITエンジニアの待遇シーンについて、ここに来てブレーキがかかった気配があります。特に待遇向上の文脈ではシリコンバレー界隈の報酬が華々しく取り上げられ、「待遇の低い日本企業」として煽られてきました。

海外企業のレイオフのニュースが駆け巡るようになると、普段待遇が破格に良くてまずくなるとごっそりレイオフする外資企業と、普段の待遇は良くないものの法律的に解雇が難しい日系企業の構図が顕著になりました。海外勢に採用市場が荒らされていたんだなと感じます。おそらくこれまでのように転職すると(現職が低すぎる場合は別ですが)1.25倍以上になるということも一時的には減るのではないでしょうか。「暫くは解雇しないことが明らかになった日本企業に採用のチャンスが訪れるだろう」と話すインドの方も居られ、今後の人の流れに注目しています。

一方、SES界隈を見ていると、こうした不景気下では契約終了の話しが伝わってきます。解雇しにくい日本では、人員調整、支出調整の調整弁としての非正規・業務委託が好んで導入されてきたと言えると感じています。

一時的な需要の高まりに邁進せず、謙虚に需要を探り、動いていきたいところです。ご機嫌を取られないまでも、日当たりの良い場所を探すくらいのスタンスで良いのではないかと個人的には感じます。

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