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短歌連作「marriage ship」(第3回U-25短歌選手権予選通過作)

marriage ship


その揺れが船たらしめる重たさよ海のまぶたをぐらりと開けて


遠ざかれば案山子の顔に家は似る コンビナートの大群の奥


靴紐をわざと緩めて晩春のあらゆる距離を保ちたかった


汽笛は父の横顔を曳いて波を打つ 鼻梁にふかく影を刻んで


あたらしい家族になればふるくなるほうの洗濯ばさみが余る


石に夢をあたえてやまぬ明るさがわたしを押した ながいながい旅へ


うっすらと名字をふたつ抱きとめてこころに繭の部屋のひろがり


画数がもっと少なくなることを湯気の出そうな声でかたどる


目を閉じれば耳がひらくよ桃の花はるかにわたしは学生だった


仮定というおおきな布をひろげては裁つ 蜜月の営みとして


夏に帆をのぼらせたきり砂だらけの記憶の縄がわたしにはある


太らせず痩せさせずしてお互いをりんごの無味の夕暮れに倒す


むらさきの襞がわたしを咲きつくす リングピローにしずませる指


鉄道の速さ遅さを母が言うマシュマロひとつに舌を埋めつつ


陰翳をつけず祖父母を語るたび一筆書きのかなしみが浮く


回想の弧を描きたい深爪にトマトのへたを抉らせている


手ざわりが生肉に近づいていく保冷剤また蘇生のように


空想のこどもをふたりで抱くときのこんなに晴れている昼の月


散光の窓にあなたを連れ戻す季節のはなしをもうすこしだけ


対象がわたしをしろい屋根にする 貝の内側めく台所


ジェルボールのやぶれるさまを知らぬままゆくのだろう秋も、もっとひろい秋も


ふるさとを音なく走る淡い傷そのいっぽんとなる母と父


海と陽がかならずそこにある朝へ漕ぐ 目玉焼きいくつ焦げても


便箋はもっともうすい船だからこぼさぬように一枚噛ます


指に水をやどらせながら裏返す切手の桜 ずっととおいよ

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