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リアリティショー番組とメンタルヘルス

1.まえがき

ここでは企業が自ら行うコンプライアンス活動、特に安全衛生的な観点から検討を行いたい。そのため、テレビ局に(道義的に)責任があるかどうかとか、BPOの判断の是非には立ち入らない。
一つだけ言うとすれば、当該問題は「誹謗中傷をした個人の問題」につきるものと捉えており、「制作側にも問題があった」とは考えない。法的に共犯が認定されてはいないわけで、責任を分散させる言説には賛同できない。(通り魔に襲われた人を見た人が被害者を救えなかったからといって、その人を責めるような感じ)

もっとも、不幸な出来事の予防を考えるにあたって、材料の一つとして、既存法令の枠組みを参照することは行いたい。
では本論へ。

2.SNS対応が必須の時代

リアリティショー番組は演技ではない生の個人を映している(とされている)という特性上、相応の演出がある(比較的そうだと認知されている)ドラマや一般の番組に比べると、個人に対する誹謗中傷が起きやすいという仕組みに見える。
中傷を受ける側にとっても、「〇〇というキャラクター」でなく「〇〇という個人」に対する中傷に見えるため、精神的ダメージが大きくなるという仕組みではないかと思う。

BPOもこういった構図があることを認定している。

https://www.bpo.gr.jp/?p=10741

ヤングジャンプで連載されている「推しの子」でもそのようなことが書いてあり、同感した次第。

https://note.com/yamakura666/n/n8f0022111f55

法律家の解説も見つけた(ただし、法的責任部分には異論あり。後述)。

https://www.businesslawyers.jp/articles/787

こういった番組は積極的に個人の言動を見せていくという性質があるのでより強く特性が出ているものと思う。一方で、個人が個人として露出し、言動が批評や中傷の対象になる、という構図はなにもテレビ番組だけに限らない。企業経営者や幹部、広報担当者、リクルーターなど、業務として実名で公の場で言動がさらされる方は少なくない。そういった方々が、何かのきっかけで誹謗中傷を集めてしまったらどうなるか。

炎上事件は日々どこかで発生している。誰がいつ被害者になるかわからない。しかし、現代においてSNSと無縁な生活を送るというのも容易ではない(特に商売をやっている上では難しい)。

不幸な事件を減らすために、何か提案できることはないか、企業コンプライアンスに携わる立場から提案を試みたい。

3.前提として:人権の対立

まずこの誹謗中傷問題について、一義的には誹謗中傷を行う者の問題であって、行為者が厳しく罰せられるべき、という見解も見ている限り多くの方が有力に主張しているように思われ、自分もこれに賛同する。発信者情報開示の課題など、これはこれとして社会で取り組むべきテーマと思う。

他方で、制作側の責任を問う声も多くみられる。ネット上の言説にありがちな、マスコミ悪玉論のように見える言説も正直多く見つかるが、そこまでいかずとも、「叩きやすくなる演出をしたから悪い」とか「批判を煽るような盛り上げ方をした」といった意見も多くみられる。

もちろん制作側が出演者に対して、誹謗中傷や侮辱、名誉棄損そのものを行った場合には、それはそれとして罰せられる必要はあるだろう。しかし、そういった犯罪そのものや、その幇助犯としての行為が認められないのであれば、制作側の行為を規制することには「表現の自由」の点で問題がある。

もし、テレビ番組などの制作物について、「誰かに対するヘイトを生じさせるかもしれないから」という理由での規制が仮に正当だとするならば、「感情をあおる」として様々な表現が規制されるべき、となってしまう。著作物の定義「思想又は感情を創作的に表現したもの」を見るまでもなく、あらゆる表現や情報は、人間に何らかの感情を惹起させる可能性があるはずで、それを規制しようというのは表現やコミュニケーションの否定に等しいと思う。
もし表現そのものを規制しようと考えるのであれば、人種差別撤廃条約4条のように、保護法益を明確に、適用範囲と条件を明確にしたうえで、公正な手続きによって定められたルール=法律によって規制されるべきだろう。
(日本は人種差別撤廃条約4条に基づく国内法をちゃんと作らないために、かえって違法なヘイトスピーチの境界があいまいになり、トラブルや表現委縮を招いているように思う)

表現の自由は近代国家において最も重要な人権の一つ、と理解しており、規制の適切なありかたは難しい。本件論点を直接に規制する国内法は現時点ない以上、立法の研究家でもない私があまり検討しても仕方ないように思う。
ここでは、表現そのものの規制とか、不法行為責任がどうとか、幇助がどうとかいうことを考えずに済むような方面で、誰かの非を問うのでなく前向きな方向での対策を提案したい。


4.提案①:メンタルヘルス的処方

労働者の健康確保に関する法令上の枠組みとしては、まず一般論としての安全配慮義務(労働契約法5条)、健康管理義務(労働安全衛生法各条)を課すことによって使用者に配慮や管理行為を促すという形式が取られている。
これらはもちろん雇用契約の存在(事実上の関係を含む)が前提となっており、多くのテレビタレントがそうであろうフリーランスの場合にはそのままでは適用できない。しかし、判例を根拠として、雇用関係でない法律関係についても民法の信義則により、一定の安全配慮義務の存在を認める解釈もあるようである(最判昭50.2.25 陸上自衛隊八戸車両整備工場事件)。

https://www.mhlw.go.jp/content/11911500/000500934.pdf

いわゆるフリーランスの方の労働条件については、日本も遅ればせながら議論が進んでいる状況と認識しているが、その一環として、当該配慮義務が存在するものとして、テレビタレントへの配慮を(平時から)求めていくということが考えられる。契約関係を前提とした議論なので、タレントと直接の契約関係が生じる相手(おそらく芸能事務所?)にしか求めにくいところが難点ではある。
しかしながら、所属タレントを守るというのは一般に芸能事務所の業務の一つと捉えられているのではないかと思うので、その義務を平時から履行せよと世論が問いかけていくのは無理筋ではないとも思う。
なお、具体的手段としては、労働契約に付随する義務に類似の義務ということになると思うので、労働安全衛生法が求める管理措置を参考に実施してもらう方向が妥当と考える(これ自体の有効性に疑問を呈する向きもあるが、ほかに公的に認められて適切な予防対応の枠組みが見当たらないように思う)。

5.提案②;ハラスメント的処方

2019年に改正法が施行された労働総合政策推進法では、事業主に対してパワーハラスメント防止のための措置を行う義務を課している。その具体的な内容は厚生労働省指針に規定されているが、その中には「事業主が自らの雇用する労働者以外の者に対する言動に関し行うことが望ましい取組の内容」と「事業主が他の事業主の雇用する労働者等からのパワーハラスメントや顧客等からの著しい迷惑行為に関し行うことが望ましい取組の内容」という項目が挙げられている。

https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/pdf/pawahara_soti.pdf

いずれも「望ましい」という表現にとどまっており、かつ内容もメンタルヘルス対策としては簡易なものに留まっているが、広く関係者への配慮を求める根拠規定であるといえなくもないと思う。

ちなみに当該指針による義務を履行すべき場所は「職場」であり、以下のように定義されている。
「(2) 「職場」とは、事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所を指し、当該労働者が通常就業している場所以外の場所であっても、当該労働者が業務を遂行する場所について、「職場」に含まれる。」
番組制作現場がこれに該当するかというのも難しい論点だが、たとえば「撮影現場」や「総責任主体(製作委員会など)が所掌する業務に携わるすべての時間と場所」はここでいう「職場」である、という解釈は、前述の規定の趣旨に照らせばそこまで不自然ではないように思う。
この場合は措置義務を負う主体は製作委員会など制作の最終責任を負う組織や、その他の意思決定を行う主体がそれぞれ追う形になるだろうか。後者の例としては、例えば宣伝としてSNSで拡散投稿を行う業務を委託しているような場合には、委託の大元であるところ(テレビ局とか?)を想定している。

フジテレビの報告書もこの観点を踏まえてか(どうかはわからないが)、専門家を交えたより積極的なケアを行いサポートできる余地があった、との見解を記載している部分がある。(p12)

https://www.fujitv.co.jp/company/news/200731_2.pdf

この報告書は率直に言って、ヤラセ疑惑への回答に費やしている文量が多すぎ(しかもその検証内容もあまり精緻に見えない)、社会的に価値のある内容とは言い難い。しかし、「制作スタッフ」が出演者のケアを実施していたという事実関係が記載されており、また今後の対策として出演者のケア強化が明記されていることから、制作主体として(当番組はフジテレビとイースト・エンタテイメントの共同著作であると記載あり)所属事務所任せにせずに出演者のメンタルケアを考えようとする姿勢が見られるところは評価すべきと思う。
もちろん今後の同社の活動が実を結ぶかどうかは注視していく必要があるけれども・・・

こういったフジテレビの報告内容や前述のBPO判断(フジテレビに対して対策実施を求めている・・・被申立人がフジテレビだからというだけかもしれないが)と、ハラスメント防止法令の枠組みをテコに、制作会社や放送局、制作責任主体などに出演者への積極的ケアを求めていく、ということを2つめの提案としたい。

ここまで挙げた2つの対策は、一般の企業所属者が顔出しを行う場面でのケアについては法令の枠組みがばっちりど真ん中で適用されるため、より自然に対策が行えると思う。顔出しや名前出し、インタビューなどの露出の機会をメンタルヘルスのリスクと捉え、モニタリングの対象とするなどの方策が考えられる。

6.提案③:レーティング、ゾーニング、コーション

これはどちらかというと番組制作、創作物特有の論点になってしまうが個人的に重要と思うので検討したい。

鬼滅の刃、呪術廻戦など割と過激な暴力描写が含まれるアニメ番組が少年少女の支持を集めている昨今、レーティングやゾーニングについての議論が足りないと感じている。もちろん昔からそのような番組は、北斗の拳などいくつもあったのは知っているが、そもそもそれらだってノーレイティングで見せてよかったのかと思う。

この方面には詳しくないのだが、一定の表現が含まれる創作物はレーティングを行い、一定年齢以下には見せない、触れさせないとか、視聴上の注意を行うといったことは広く行われていると思うが、これはちゃんと(医学的?心理学的?)根拠があるからこそ行われているのだと思う。
私が触れる作品というのは多くはないが、それにしても適切なレーティングが行われていないのではと感じる作品は非常に多い。商業的意図を感じてしまう。グロ描写満載の映画バイオハザードがPG12でいいのか?

なぜこの話をするかというと、リアリティショー番組は子供が見てSNSで誹謗中傷するというのは多くないとは思う(地上波は深夜放送だったようだし)ものの、世の中一般としてレーティングや注意喚起が十分でないと感じている。なので、逆にこれらを正しく行うことで、より多くの作品が適切に視聴され、トラブルを発生させにくくなるのではないかと考えた。
なんだったら、業界で申し合わせて、リアリティショー番組については毎回のオープニング前に「誹謗中傷は犯罪です」みたいなメッセージを流してもよいだろう。

こういった取り組みは、なんとなく視聴体験を損ないそうに見えるので商業的観点からは敬遠されがちだと思うが、トラブルが続くと番組ジャンル自体が規制されてしまいかねない。表現の自由を守り、また多様な作品を我々がこれからも楽しめる自由を享受するためには、厳格なレーティングは必須と思う。

この点、レーティングではないが、地上波放送にしては過激ではなかったかという社内審議会からの意見が前述のフジテレビ報告書でも記載されている。フジテレビ制作側意見は明確でないが、放送時間帯に応じた配慮はしていた、と読める。
逆に言えば、放送時間=誰が見るべきかという話や、見るにあたっての注意喚起のような手法はひとつ有効な手段ではないかと考える。

多様で良質なコンテンツを楽しむために、視聴者側からもっと制作側に対して、適切なレーティングを求めていくことを3つめの提案としたい。

7.余談

前述の法律家の方の記事で、損害賠償責任なりインフォームドコンセントといった観点での解説がされているが、率直に言って違和感がある。
というのも、これら対応は制作サイドと出演者との間でリスクをどう分担するかという話に過ぎず、そもそものリスクが減っていない。大変恐縮ながら、「同意したんだから自己責任だ」という方法論を推奨しているように見える。出演リスクの説明が尽くされていたとしても、実際に誹謗中傷を受けてしまえば、被害者が被る健康上のリスクは変わらない。
企業コンプライアンスの立場としては、自分が助かることだけを考えるのではなく、「三方よし」のように社会全体がよくなる方向で物事を考える必要がある(言うなればこのようなことを考えるために、職業法律家ではないコンプライアンス担当者が必要、とまで思う)。

同様の観点で、フリーランスの保護政策として独禁法を活用する向きがあるが、独禁法の法趣旨は消費者保護であるので、フリーランス個人の保護とは対立するような法執行になる懸念がある。やはりフリーランスの保護については労働者保護法制や、専用の新たな立法によって解決されるべきと改めて思う。

最後に、ニュース記事だが、誹謗中傷に耐えなければならないという風潮への異論と社会への提案を述べている、別のテラスハウス出演者の記事を紹介したい。このような動きも支持したいところ。

https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202005260000398.html