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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」

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猫目の探偵、鯖虎キ次郎と愛猫とめきちが奇々怪々な事件に挑む。
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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」1

□志村坂上の家 東京板橋区志村の、ふらふらと蛇行する日当たりの良い坂道の途中に、その小さな二階家はあった。春の午後、少し赤みがかった日差しが、オレンジ色のモルタル外壁を眩しく照らしている。日当たりの良い玄関脇には、若い桜の木がみずみずしい花を咲かせ始め、地面に這うように広がったタチツボスミレが青い蕾をつけている。
 気の早い新聞配達員が、夕刊を郵便受けに押しこみ、スクーターの音をバタバタさせながら

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」2

□鯖虎探偵社 たいへんだたいへんだ、やばいよ、せんせえ、たいへんだたいへんだぁ。

 慌てた様子のまるまっちい小男が、池袋西口商店街を駆けている。そのままのスピードで赤いレンガ造りの細長いビルの階段をドタドタ駆け上がっていく。
 3階の踊り場には猫用の食器が整然と並び、目やにをこびりつかせた三毛猫が残り少ないキャットフードを懸命に食べていた。男はその脇をおっとっととー、と通り過ぎてと目の前の部屋に

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」3

□鬼子母神の女 鯖虎探偵と針筵助手は、さっそく鬼子母神に向かった。
 池袋駅東口から明治通りを行き、その先が雑司が谷というところで、鯖虎は路地に入っていった。
 針筵もあれ?という顔で続く。

 ラーメン屋とクリーニング屋を通りすぎて、鯖虎が立ち止まったのは、一軒の煙草屋だった。

 店先の呼び鈴を押す。
 りりん、と鳴って、奥から和服姿の品の良いお婆さんが顔を出した。

「あら、いらっしゃい」

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」4

□バー・ボブテール まだ宵の口、8時では、バー「ボブテール」に客はいなかった。
 バーと言ってもそう気取った店ではない。カウンターと、四人がけのボックス席が2つBGMは無い。アーリーアメリカン風にしたかった痕跡が見受けられる店内の一番奥には、立派な神棚が思いつきのように祀られていたが、それも年月のせいか、妙に空間になじんでいた。

 雑司が谷の調査を終えた鯖虎探偵と、助手兼この店のオーナー針筵が、

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」5

□二番目の殺人事件 10日後、鬼子母神近くの安アパートの2階の一室で初老の女性と痩せた猫の死体が発見された。
 山田光恵とミルク紅茶色の猫だった。死後7日だったという。

 鯖虎探偵社の応接セットに気持ちの良い午後の太陽が差し込んでいる。
 来客用ソファに腰掛けたその男には、そのうららかな空気に似合わない、どっぷりと染みついたかたくなさが伺えた。
 警視庁警部、些末俊三。鯖虎キ二郎とともに数々の怪

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」6

□ガラス瓶 薄暗い地下室。
 青白い光に照らされた瓶の中に、透明な液体が満たされている。
 液体の中では、ピンク色の肉片がゆらーりと漂っている。
 ひとつめの瓶には肉片。
 ふたつめの瓶では、肉片に黄色い嘴がついている。
 瞬膜をかぶった眼ができている瓶もある。
 瓶の液体の中で、なにか鳥のような生き物が成長しているのだ。

キシィー、キシィー、シュ.
……建物のどこか他の場所から機械の音が聞こ

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」7

□葬儀 月明かりに照らされた雑司が谷の集会所で、地味な葬儀が営まれていた。
 祭壇には、死んだ山田光恵と一郎親子の写真が飾られている。
 読経もなく、線香の香りもない、殺風景な無宗教の葬儀。オーケストラが奏でるレクイエムが、どこからともなく聴こえている。

 祭壇の前で、鯖虎探偵は、光恵の写真をみつめていた。
 照れたような顔をした光恵は小さなミルク紅茶色の子猫を大事そうに抱えている。誰が撮影した

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」8

□鯖虎探偵の誕生 鯖虎キ次郎が、池袋西口商店街に探偵事務所を開いたのは10年ほど前。トレードマークは、縦に細長い瞳。相棒は愛猫とめきちと、助手の針筵だ。
 豊島区を中心にこれまで数々の難事件を解決し、天才探偵の名をほしいままにしている。警視庁瑣末警部とコンビを組んでの仕事も多い。

 探偵、鯖虎キ次郎は、練馬の神社で育った。
 父親は、練馬に古くからあった神社の神主、鯖虎英二。母親はわからない。生

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」9

□猫たちの溜息 殺人事件も、毒ガス事件もほとんど進展をみせないまま、池袋の街は梅雨時のうっとうしい空気に飲み込まれていった。

 そんなある日の夕方近く。
 ともちゃんはバー・ボブテールの裏口でなんだか妙な胸騒ぎを感じていた。

「この子たち、どこからきたのかしら」

 ともちゃんの目の前には、昨日までは見かけなかった数匹の猫がなにか物いいたげに佇んでいた。

 同じころ、鯖虎探偵社のビルの階段で

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」11

□薄茶色の子猫 北池袋の獣医、カズ動物病院の入り口で針筵が所在なさげにたたずんでいた。ポケットからつまらなそうにラークマイルドを取り出して火を付けた。
 鯖虎と針筵は、税務署前で救出された子猫を獣医につれてきたのだった。
 針筵は獣医も含め病院というものと相性が悪い。さきほども鯖虎と子猫を受付で中に送り込むと、じゃ、まってますんで、と言い残してそうそうに出てきたのだった。

 診察室ではうす茶色の

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」12

□ふくろジャーナル 桃子は、二階の勉強部屋で寝っ転がりながら、「平次御馳走帖」という17才の少女にはあまり似つかわしくない時代劇漫画の1巻目を読み終え、明日はテストだというのに教科書を開きもせず、2巻目を鞄から取り出して表紙を開けようとした。そのとき、携帯電話にメールが着信した。

 桃子は、ひとめで父のお下がりとわかるシャンパンゴールド色のオヤジ臭い携帯電話をパカっとあけると微笑んだ。

「とも

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」13

□怪物の復活 板橋税務署裏の円錐形タワーからは、ますます黒いガスが発散されて、あたりを暗くしている。ガスばかりではない、何かあやしい妖気のようなものまで漂いでているようなのだ。
 工場の煙突という煙突に、スレートの屋根という屋根に、トタンの塀という塀に、黒光りする無数の烏がとまってじっと何かが起こるのを待っている。

 榊原文太の、レグホン培養作戦は順調だった。床に並べられた瓶の中では、無数の鶏の

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」14

□モールス信号 池袋西口の商店街真ん中あたり、蕎麦屋の角をつっと入った住宅地にある、小さな一軒家。
 かつては手入れの行き届いたイギリス風の庭であった事がみてとれるが、今では、蔓バラが生い茂る草むらのようになっている。
 ドアが開いて、この家の盲目の住人、茂吉さんが出てきた。先ほど郵便配達人がポストに郵便物を投げ入れた音が聞こえたらしい。黒眼鏡をひくひくいわせながら、白い杖をつきつき、郵便受けに向

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猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」15

□スクラップ 大山のタワー、榊原歯車製作所の屋上で、榊原文太はひとり神妙な顔で牛乳瓶の底眼鏡をずず、と上げた。
 クリーニングしたばかりで糊のきいた作業服、ピカピカに磨かれた安全靴。作業用の帽子を目深に被っている。榊原の正装だった。

「これより、α型ロボットの飛翔性能に関する実証実験を行います、です」

 そう高らかに宣言したものの、その場にいるのは榊原一人。孤独な正念場だった。
 彼の目の前に

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