猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」5

□二番目の殺人事件

 10日後、鬼子母神近くの安アパートの2階の一室で初老の女性と痩せた猫の死体が発見された。
 山田光恵とミルク紅茶色の猫だった。死後7日だったという。

 鯖虎探偵社の応接セットに気持ちの良い午後の太陽が差し込んでいる。
 来客用ソファに腰掛けたその男には、そのうららかな空気に似合わない、どっぷりと染みついたかたくなさが伺えた。
 警視庁警部、些末俊三。鯖虎キ二郎とともに数々の怪事件を解明してきた盟友だ。
 向かいのソファには探偵がまぶしそうな顔をして座っている。警部の話を聞いていた鯖虎は、ふうっと葉巻の煙を吐き出し、口を開いた。煙は陽の光の中に渦を作った。

「何だ?その共通点とは」
「うん、特殊な傷だ」

 些末警部は、ふう、と溜息をつき、くたびれたスーツの上着を脱いで、グレーと赤のチェックのネクタイを緩めた。
 些末によると、山田一郎と光恵の死因になったのは、全く同じ形状の、しかもかなり特殊な傷だという。検屍の結果だった。

「どんな傷だ?」
「三角錐……と言ったらいいか……特殊な形の鈍器だ。ざっくりと後頭部がやられている」
「即死か?」
「ああ、両方とも脳挫傷だ。なんというか、ちょうど馬鹿でかい鶏のくちばしで力まかせにつっつかれたような傷だな」
「鶏のくちばし……もしかすると……」
「あぁ、あんたが知っているマドリードの怪物のしわざに良く似ている」

 鯖虎の瞳はきゅっと細くなった、

「いや、ばかな……殺人鬼、オ・ラ・レグホンは死んだ。私はその死体も見ている」

 些末は、少しの間逡巡した。

「鯖虎探偵、実は、怪物レグホンは生き延びたかもしれない」
「なんだって?私は確かにあの怪物の死体を見ている。しかもその命を奪ったのはこの私だ」
「正確にいえば、やつの細胞が生き延びているかもしれないんだ」
「どういうことだ?」
「レグホンは、人間の唇が角質化して、まるで鶏のくちばしのようになっていた。きわめて珍しい奇形だ。実はレグホンの叔父が、医学実験材料の流通会社をやっているんだ。そこを通じて研究材料としてヤツの細胞が配布された形跡がある」

 この世界のどこかの研究施設の冷凍庫で、オ・ラ・レグホンの細胞が生き延びている。そこからクローンが作り出され、池袋に出現したとしたら……。しかし、いったい誰が?何のために?

 些末警部は、帰り際にもうひとつ、奇妙な事実を口にした。

「実は、山田一郎の家の近くで、不思議な機械が目撃されているんだ。そして光恵が殺された日の深夜、雑司ヶ谷でも……。二本足で歩く、ロボットだそうだ」
「その機械が二人を?」
「わからん、何も、わからん……目撃証言の中には、ロボットの頭は馬鹿でかい鶏の頭のように見えた、という話もある」

 瑣末を見送った鯖虎は、とめきちお気に入りの金色の猫缶を開けた。
 漆塗りの小皿に、香り高いフレークを慎重に盛る。完璧な円錐形を目指して丁寧にスプーンを使う。……ふう、今日は少し気持ちが乱れている。
 待ちかねたとめきちが、なーおおお、といなないてフレークの小山に鼻をつっこむ。好物をかっこむとめきちの背中をなでながら鯖虎は考えていた。

 オ・ラ・レグホンが機械になって戻ってきた?ほんとうに奴なのか?

 依頼人の死からはじまった事件は異様な展開を見せようとしていた。


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