猫目探偵鯖虎キ次郎の冒険「鋼の嘴」1
□志村坂上の家
東京板橋区志村の、ふらふらと蛇行する日当たりの良い坂道の途中に、その小さな二階家はあった。春の午後、少し赤みがかった日差しが、オレンジ色のモルタル外壁を眩しく照らしている。日当たりの良い玄関脇には、若い桜の木がみずみずしい花を咲かせ始め、地面に這うように広がったタチツボスミレが青い蕾をつけている。
気の早い新聞配達員が、夕刊を郵便受けに押しこみ、スクーターの音をバタバタさせながら去っていった。その郵便受けには「山田」の文字があった。
その家のリビングの床の、残りわずかになった日だまりで、茶虎の仔猫、チャトランが眼を醒ました。伸びをしながらS字にくねくね舞うその尻尾に、つられて眼を覚ました兄弟の斑猫タマリンがじゃれかかる。ぴょんと飛び上がってすぐに身構えるチャトラン。タマリンは、意味もなくごろんと横になり、バリバリバリっと床の絨毯を引っ掻く。伸びた体をぎゅっと縮めると、びょん、とバネにしてでたらめな方向へ駆けていく。その尻尾をチャトランが追いかける。タマリンは絨毯の上に転がった大きなクッションを飛び越えるとその陰に身を隠し、追いかけてくるチャトランを待ちかまえる。
そして……タマリンのまんまるな眼が、ふと、クッションの一部に三角の突起があるのを発見した。
ちょんちょんと爪の先で引っ掻いてみる。薄皮が少しはがれて爪の先にくっついた。その突起には2つの穴があった。そこからツーっと赤黒い液体が流れだした。チャトランもやってきてくんくんと匂いを嗅ぐ。 突起のそばにはもっと大きな穴があった。
それは、血の気のない唇に縁取られた口だった。少し黄ばんだ歯が見える。その奥にピンク色の舌が釣りたての深海魚のように詰まっている。
くんくん、くんくん、つんつん……二匹はしかし、すぐに興味を失ってくんずほぐれつしながら、日当たりの良い二階めがけて階段を駆け上っていった。
猫たちも去り、日だまりも消え、薄暗くなってやや青みがかったリビングには、一人の男の死体が転がっていた。変わり果てた2匹の仔猫の飼い主だった。見あげると、吹き上がった大量の血が、天井の半分を赤黒く染めていた。
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