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突き抜けた何かが無いとダメですか?


夢が無い

昔から大きな夢が無い子だった。
ほどほどに働いて、平和に健康に、周囲の人と楽しく生きていけたらいいな、くらいにしか思っていなかった。


絵を描くこと

幼い頃、絵を描くことが好きだった。リアルな絵よりも、イラストが好きだった。
同級生に、絵がかわいいねと言われると嬉しかった。家でチラシの裏にいつも絵を描いていた。姉と一緒に描いていた。

漫画が好きだった。「ちゃお」を毎月読んでいたし、たまに父と「古本屋」に行って少年漫画を立ち読みしていた。漫画の世界の空想をよくした。
アニメも好きで、ポケモンやドラえもんをよく見た。プリキュアも見ていたけど、ポケモンの方が好きだった。

小学6年生の卒業シーズン、「私の夢」を聞かれたとき、「イラストレーター」と書いていた。他に思いつかなかったし、イラストを描くのが好きだったから。
本気でなろうとは思っていなかった。幼い頃から、芸術的な仕事で食べていけるのは「一握りの人」で、仕事にするには大変な努力と才能が要るのだと諦めがあったように思う。
いつも私より上手に絵を描く姉がいたことも強く影響していた。絵では、姉に勝てない。


私は、漫画のキャラの絵を描いたり自作の物語を考えるような、オタクっぽい趣味を恥ずかしいと感じていた。当時は今よりずっと、オタクにネガティブなイメージがあったからだ。だから学校では隠していた。
姉は漫画・ゲームオタクまっしぐらで、絵も上達していったし、部屋にはキャラクターグッズが沢山飾られていくようになった。母はオタクな姉の部屋を良く思わないようだった。私は姉の振りを見て我が振りを直すことで「いい子」の地位を得てきたから、母の意見を重視した。

私は段々、漫画を読むことも絵を描くこともやめていった。隠したくなるようなことは捨ててしまえば、隠す必要が無くなった。


音楽を続ける

中学生から吹奏楽部に入り、打楽器を始めた。
姉は別の楽器だったから比較せずに済んだ。
練習したら上達したし、合奏は楽しかった。それから高校、大学、社会人と吹奏楽を続けた。

自分のパートは必ずしっかり練習してくる人だった。高校、大学の仲間から「努力家」と言われた。今思えば失敗や批判を恐れていたからかもしれない。上手だと思われることは嬉しかった。すごく上手くはできないけど、自分なりに満足した演奏ができると嬉しかった。そういう演奏は録音を何度も聴き返していた。

音楽は、絵を描くことと違って続けてきた。
でもプロになろうとか、強豪校に行こうという気持ちは無かった。これも「一握りの人しかムリだ」という諦めなのか、周囲が優秀で自分が一番下手という状況になりたくない逃げなのか。ストイックすぎる環境は避けて、そこそこ上手で、しっかり練習もしている環境を選んでいた。


仕事選び

仕事を選ぶとき、私は「専門性」「手に職」に惹かれていた。そして営業のように明確な数字評価・競争のある職は避けたがった。
転職を考えて未経験の職種を見たとき、自分には即戦力となるほどの能力が無いからダメだろう、と思って動けなくなった。
スキルを得るためにスクールに入って課題を終わらせるまでやり遂げていても、転職となると怖気づいた。社労士の勉強は努力しきれなくて、自分は努力すらできなくなったのかと自信が減った。

でも、ふと言われた。
「突き抜けた何かが無いとダメですか?」
「一握りの人ってどんな人ですか?」


自分で自分を認めるか?

イラストの仕事をしている人が世の中にはいるけど、びっくりするほど綺麗な絵もあれば、全然好みじゃない絵もある。でもどっちも仕事になっている。同じ絵でも、評価する人と、評価しない人がいる。
もし自分がプロ野球選手だとして、大谷翔平選手と比較して落ち込んでいたらなかなか救われない。しかし彼が1人いるだけではチームは勝てないし、そもそも1人じゃ野球ができない。

「突き抜けた何かがないとダメ」と思うこと、つまり人からの見られ方を意識しすぎることは、悪いことではないけど、行動を止めてしまうことがある。

「誰かより上手」であることよりも、
「自分で自分を認めていること」
「自分が、やっている自分を好きであること」

まず、これが必要なんだと思う。


否定を避けて生きてきた

私は今まで、誰かに否定されないように先回りして居心地の良い環境を保ってきた。姉の振りを見て我が振りを直してきた。前向きで穏やかで、人間関係のトラブルを起こさない。他者に的確な指導はできないけど、練習熱心で、ムードメーカーにはなれた。それが生存戦略だった。

悪く言えば、否定されそうなことからは逃げてきた。だから、人に文句を言って喧嘩することはなかったし、オタクっぽい趣味をやめたし、厳しい楽団には行かないし、能力不足と感じる未経験職種にエントリーできない。

他人に否定されず人間関係に恵まれていった一方で、自分がやりたいことが何なのか、何になら熱中できるのか、わからなくなっていた。
今もなお、何事にもハマり切れないパッションコンプレックスだ。仕方ないので、ちょっと熱意に欠く自分を認めることにしよう。


これからは、
人の目を気にして否定・失敗を恐れるよりも、自分の「やってみたい」と思う気持ちを受け入れること。

自分で能力が無いと思ってもやってみていいし、続ければ伸びること。

そして、誰かに「そんなのムリ、やめておけ」と言われても信じないこと。


そういうことを大切にして生きたい。


ということで、今日から一日一枚、イラストを描くことにします。幼い自分が好きだったことを思い出してみます。


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