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厨房は今日も戦場の如し

【日々はあっちゅーま】
#18, イシイチーフ


ピピーッ!ピピーッ!
厨房の中央に据え付けられた機械から、オーダーの紙が流れてくる。



ピピーッ!ピピーッ!ピピーッ!
2枚、3枚、4枚…。これはひと波来そうな予感だ。


「あい!注文いくよ!」


「文バーグ!(文明の夜明けハンバーグ)キマサ!(気まぐれサラダ)カルボ!(カルボナーラ)ペスカ!(ペスカトーレ)」


「おこさま!(お子さまランチ)トマブル!(トマトのブルスケッタ)シーザー!(シーザーサラダ)マルゲ!(マルゲリータピッツア)」


「後出しでティラミス!モンブラン!(食後のデザート)」


「ぅあい!」



「前田!麺、200、200、300!」


「ぅあい!」



パスタの大袋から手早くパスタを取り出して、グツグツと煮えたぎった湯に入れ、手早くかき混ぜる。


コンロに火をつけ、フライパンに油をしき、ニンニクと唐辛子を炒める。



「前田ぁ!麺は!」

「(あと)4分でっす!」


「パスタ、グリル、セイム出しでいくよ!」


「ぅあい!」



厨房でオーダーを読み上げているのは、社員でチーフのイシイさん。
パスタをこしらえているのは、もちろん私。


高校を卒業したての頃の私は、旅の資金を貯める為、近所のファミリーレストランで日夜アルバイトに励んでいた。



飲食業を経験された方はご存知かと思うが、ピーク時の厨房は戦場さながらである。



ピピーッ!ピピーッ!ピピーッ!
ピピーッ!ピピーッ!ピピーッ!


とめどなくオーダーが流れすぎて、注文用紙が地面につきそうになってきた。


「文バーグ早く持ってって!冷めちゃうよ!」
「マルゲまだぁ!?前田ぁ!麺は!!」


「あっ…はい!いまやってます!」

「遅ぇよ!」 


ボゴーンとチーフの蹴りが飛んでくる。


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夜9時、
家族連れも帰り、ようやくオーダーも落ち着いてきた。



前田ひたすらに洗い物。
皿を洗って食洗機へ入れていく。


ガシャコン、ジャー。
ガシャコン、ジャー。


「前田お疲れ!ちょっと一服してくるわ。お前も切りの良いところで休憩入れ」


「あい!」


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チーフのイシイさんは20代後半。短く刈り上げた髪と、細目で角ばった顔、白いコックコートを着てピリピリしながら仕事をしている。



休憩室のロッカーにはリポビタンDを箱買いで常備。


LARKマイルドに火をつけながら、渋い顔で栄養ドリンクをいつも流し込んでいた。


「これ中毒になっちゃうんだよな〜。最近、(リポビタン)スーパーじゃなきゃ効かねぇもんなぁ。」


「チーフ〜お疲れ〜」

「お、店長お疲れっす!」



「もう駄目だ〜、ちょっと寝かせて。昨日も(自宅に)シャワー浴びに帰ったようなもんだからさ〜」


更衣室に入るなり床に寝転がっていびきをかき始めるのは、オールバックになでつけた髪とちょび髭がダンディーな店長。


連日、仕事が忙しすぎて家に帰れないらしい。


そんなくたびれた大人たちのやり取りを横目に、社割のまかない飯をかきこむ。


当時、まだまだ世間知らずの私にとっては、そんな切り干し大根みたいになった大人の姿は、「働く男たち」っていう感じが漂っていて、結構好きな世界だった。


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厨房はいくつかのセクションに分かれていて、サラダ場、デザート、ストーブ、(鉄板もの)ピザ、パスタ、と段々とセクションが上がっていく。



私はそんなに器用なタイプではないので、ピザ生地がうまく伸ばせなかったり、生地を破いてしまったり、基本失敗ばかり。


しまった!と思ってももう遅い。


慌ててチーフを見ると、イシイチーフもニヤニヤしながらこっちを見ていて。


「あ〜あ、また前田のまかないが増えたな〜」と、本気とも冗談ともつかない一言を残して去っていく。(ピーク時だと怒鳴られる)



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ランチタイムのピークが去った後は、ディナータイムに向けて仕込みの時間。



サラダを準備したり、冷凍庫から食材解凍したり、お米を炊いたり。
 

そうのこうのしているうちに、夕方の学生バイトがぞろぞろやってくる。

レストランの近くには工業系の大学があり、そこの大学生がシフトに入る事が多いのだ。



よく怒鳴り散らすイシイチーフは、大学生にはウケが悪く。
ファミレスの若手社員というのも、微妙に軽く見られるポジションなのか、大学生たちはチーフの愚痴なんかをよく言い合ったりしていて。



チーフはチーフで、そんな学生連中に対してはあんまり厳しく接せず、腫れ物を触るようにしていた。


その分、気兼ねなく怒鳴り散らせる私に対しては遠慮はなくて。


「前田ぁ!パフェグラス冷えてねぇぞ!」
「盛り付けが悪い!」
「カルボナーラ固まってんだろ!」

 

などなど、今日もイシイ節が炸裂。


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夜11時、
チーフも店長も帰り、学生と私で閉店作業を進める。



「それにしてもチーフはひでぇよな〜。前田くんも毎日怒られて嫌じゃないの?」
「う〜ん、まぁ、そうっすかね〜」


「ところで今日はメシ、何にしようか」


「今日は、激辛肉増しスパゲッティー、モンスーン風味にしますか!」

「わはは、なんだそりゃ!」



チーフが帰った後の私たちは、連日、冷蔵庫の食材を使って、創作まかない料理に励んでいた。

(もちろん、勝手に職場の食材を使う事はルール違反である。良い子のバイトのみんなは真似しないように)



冷蔵庫を開けると魅力的な食材がわんさかである。


さーて、今日は唐辛子多めにして、トマトソースでハンバーグ煮ようかな〜。




ガチャリ



「!?」



ドアの音に振り返ると、そこには帰ったはずの私服のチーフ。




凍りつく厨房。





「あ…あ…あ…あ…、チ、チーフ、なんで…」



何を言って良いかわからず。ついつい、痛め付けられている時の孫悟飯のような声を出してしまう私。




「…前田、何だこれは…?」


ガスコンロには、今まさに鋭意制作中のスパゲッティー。




「…げ、激辛肉増しスパゲッティー、…モンスーン風味…です」




「…そうか」



バタンとドアを閉めて帰っていくチーフ。

 



腰を抜かすほど驚いた。


てっきり、怒鳴られると思って覚悟していた私とAくん。
ところがチーフは何も言わず去っていった。


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後日、休憩室でチーフに言われた。




「なぁ、前田。お前の気持ちも分からなくないけどさ。例えば、昼時のパートのおばちゃんとか、俺とかは、そういう事したくても出来ないわけだろ?だから、これからはあんまりそういう事するなよな」


なんだか、いつも怒鳴ってばかりのチーフにしんみり諭されて、本当に悪い事をしたなぁ。と反省したのを、今になっても思い出す。



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そんなある日、厨房のスタッフ対象でレシピテストなるものが行われた。



配られたレシピ用紙の空欄部分に分量を書き込んでいくのだ。



【海の幸スパゲッティー】
 ・オリーブオイル5㎖
 ・ニンニク2g
 ・鷹の爪1本
 ・トマトソース150㎖
 ・ミックスシーフード75g
 ・ムール貝2個



例えばこんな感じ。
なんと1位はレストラン商品券5千円分を貰えるらしく、私もはりきって記入した。


 


後日、採点をした結果。

意外や意外、私と、ベテラン大学生のAくんの2人が同点で残った。



チーフにみっちりしごかれたお陰で、自分でも知らないうちにレシピが頭に入っていたらしい。





「お〜、前田とAが残ったかぁ〜、よしよし。そうしたら最後2人で一騎討ちだな」


答案用紙が再度配られ、2人並んで記入。
そしてチーフに提出。




ところが提出した後に、自己採点で自分のミスに気付く。


ボンゴレビアンコのスープの分量を間違えたのだ。


しまった、これで1位はAくんで決まりだな。



半ば諦め気味の自分をよそに、採点を終えたチーフが厨房に戻ってきた。


「今回も接戦だったぞ〜、それでは1位の発表いこうか」





「1位は…」







うつむいて発表を待つ。






「1位は…」










「前田!」




えっ!?
びっくりして顔を上げた。




悔しそうな顔のAくん。
そして、チーフと目があった。






チーフは少し複雑な表情で小さく頷いた。
…ような気がした。





その後、何も聞かずに商品券を受け取ってしまったので、真相はわからないままだが。





きっと私に商品券を渡したくて。
あの時、確かにチーフは採点を変えた。

そんな気が今でもずっとしている。
 



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翌週、貰った5千円券を握り締めて、その頃付き合っていたサヤカちゃんと一緒に職場のレストランに行った。


「ゆうきくん、あの人がいつも話してくれる人?」

いつもは厨房の奥で作業しているチーフが、ニヤニヤしながら注文を取りにきた。



「前田ぁ、今日はお客さんだからな。遠慮せず好きなもん食ってけ」




テーブル一杯に料理が並ぶ。



いつもまかないで食べたり、夜中にこっそりちょろまかして食べていたはずの料理。




でもテーブルに並べて、もらった商品券で彼女と食べる料理は、なんとなくいつもと味が違ってみえた。





帰り際にチーフに呼ばれる。




「前田ぁ、ありがとな」



「俺、1から全部仕事教えたの、お前がはじめてだったからさ。ついつい厳しくしちゃったけど、ごめんな。旅、出るんだろ。頑張れよ」


「チーフ…」

 

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それから間も無く、お金が貯まったのを機に私はレストランを辞め。
貯めたお金で、世界のあちこち旅をした。



日本に戻ってきてからも、就職したり、音楽やったり、色々あったけど。


15年以上経った今も、実家のそばのレストランは変わらずに営業中である。




今でもたまに実家に帰る時。
レストランのそばを通りすぎる時。






オーダーが鳴り響く厨房で、ピリピリしながら注文を読み上げるチーフ。


そんな景色が目に浮かんできて。





ふと、足を止める事がある。



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(おしまい)





【今日も明日も明後日も、絵本を描き続けてます^^】

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