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絵本作家とスリランカ人留学生の奇妙な友情

【日々はあっちゅーま 】
#1,デュラン


アマゾンの奥地に暮らす民族は、数という概念が発達していないため、両手で数えられる以上の数は「沢山」というざっくりした概念にまとめられるらしい。

普段から人付き合いがあまり良くないせいで、アマゾンの民族でも余裕で数えられる位の友だちとしか交流の無い私。
たまーにLINEにメッセージ通知が入っていた日には、珍しいキノコを見つけたぐらいのテンションで小躍りしているものである。

さて、期待に胸膨らませながらLINEを開くと見覚えのあるアイコン。
デュランからである。

いったい何年間通っているのか?
一向に卒業する気配を見せないスリランカの留学生デュランからの、同じく一向に上達する気配のない、カタコトの日本語でひとこと。

「前田様コレをお願いシマスカ?」

さっきまでのワクワクしていた気持ちが急速に萎んでゆくのを感じつつ。「誰も、何もお願いしねーよ!」とセンテンスの間違いを一人で指摘しつつ。一緒に添付されている写真に目を通す。

「RaHash /ネックレス/ゴールド/コーティング/5,000円」
どこぞこのB-Boy風の男が、首からジャラジャラ金のネックレスをぶら下げて、痛々しげな決めポーズをしている写真が飛び込んでくる。

アマゾンアカウントを持っていない留学生のデュランは、2ヶ月に1回程度の頻度で、私にアマゾンショッピング代行を依頼してくる。

ある時はミナミの帝王でも恥ずかしくて付けなそうな、ゴツい金ピカの、イミテーションの腕時計。
またある時は、金は無いくせに一丁前に美肌にはこだわっているのか、韓国製のメンズエステセット。

ため息をつきながら、ネックレスをショッピングカートに入れ、決済を済ます。

金ピカの時計やら、ネックレスやら、フェイスクリームやら、やたら光沢の入った派手なシャツ。
一体、私のアマゾンアカウントはどんな状態になっているのか。怖くてオススメも見たくない。

デュランに一言返信。
「かいました、まっててね。」
すかさず、LINEスタンプで返信が来る。


なぜかアルパカがお辞儀するLINEスタンプ。地味にかわいい…。

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前述したスリランカ人留学生デュランは、私が住む行徳屈指のボロアパートの上の部屋に一時期住んでいたことがあって、それ以来の関係である。

引っ越してきたばかりの時のデュランは、洗濯機のホースのつなぎ方も分からず、洗濯の度にダバダバと、ナイアガラの滝ばりの水が前田邸に降り注いできたり。

ゴミの分別が分からず、缶も瓶も生ゴミも一緒くたにしては、同じアパートのおっちゃんにしこたま怒られたり。(その後デュランにも分かるように、英語でゴミ分別の表を作りました。)

ある時など、不要になったマットレスを近所に不法投棄する姿をバッチリ目撃され、近所のマンションの大家さんに怒鳴り込まれ。
雨がそぼふる真夜中に、水分を含んで重くなったマットレスを、一緒に運び出して市役所に電話したり。

忘れた頃にやって来て、面倒ごとを一通り押し付けてくる、なんとも厄介な男。それがデュランである。

そんな図々しい男デュランも、異国の地で他に話す相手もいないのか。
夜、私が部屋で絵本を書いていると、時折2階からやって来て。

「ユキさん!ワタシとごはんたベマスカ?」
と自室に招いてくれることもあった。

ただでさえ狭いアパートの一室に、同じスリランカ留学生と、すし詰め状態で暮らすデュラン。

壁には、ベニヤを打ち付けただけの簡易的な仏壇がしつらえてあって、ややエキゾチックな顔をしたブッダが、クリスマスツリーのライトのような照明に当てられながら、ピカピカと光り輝いている。(スリランカ人は仏教徒が多いのである)

同居人の分と合わせて、2枚のマットレスを床に敷き詰めればそれで部屋は一杯。

猫の額ほどに余ったキッチンのスペースで、むさい男3人、半立ちになりながら、スリランカの家庭料理「コットゥ」(小麦粉生地を細かく刻み、野菜や肉とスパイシーに炒めた、ボリューミーな一品)をフライパンを回しながら食べたりと。

よくこれで人を招待する気になったな!と逆にその勇気を褒め称えたくなるような、さもしいディナーを楽しんだりしていたのである。


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その頃デュランは、行徳駅前のバーガーキングでアルバイトをしていて、そこの日本人マネージャーにいつも怒られている話だったり。
自転車に乗って通勤していると、1日3回くらい警察に職務質問される話などを涙ながらに聞かせてくれて。

異国の人間が日本で暮らすってのは、肩身が狭いものなんだなぁ。としみじみ感じつつ、そんな話を聞いてしまったからには、(デュランを)邪険に扱う気にもなれず。

例によって、アマゾンショッピングを代行してやったり。風邪をひけば病院に連れて行ってやったり。
何かと頼まれては、世話を焼いていたのである。


たまに絵本の作業で駅前のバーガーキングを使うと、仕事中のデュランと出くわす事があって。
私に気づいたデュランは、太陽のような笑顔を浮かべてはキッチンに駆け込み。
ゴムまりくらいに膨れ上がったワッパー(バーガーキングのハンバーガー)を、私のお盆の上に置いて立ち去る事もあった。
(その後、キッチンから、マネージャーらしき人の怒鳴り声が客席まで響いて来て、かなり複雑な心境でワッパーを口にしたのを覚えている。)


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一応、デュランは日本語学校と、介護の学校に通っているらしく(日本語が上達する兆しは全く見えない)たまに介護の実習にも行っているらしいのだが。
家に帰って来ては、やれ、お年寄りに噛みつかれただの、やれ、唾を吐かれただの、色々愚痴をこぼしている。

本人曰く、卒業して介護の仕事に就く事は気が進まないらしく。できれば自動車関係。できれば自分で会社を立ち上げて、日本の工事用の重機をスリランカに輸出したい。などと、一応夢だけは一丁前に語ったりしている。

ある時などは、実際に重機がいくらで買えるのか調べてくれと頼まれて、中古のショベルカーや油圧ブレイカーなどの車両の中古販売を回って、相見積(あいみつ)を取ったりしたこともあった。
ショベルカー1台、中古で300万円との事。

夢を大きく持つことは立派だが、まずは学校卒業しろよ。日本語もうちょっとがんばれよ。と深く感じ入った瞬間である。

とまぁ、色々書けばキリがない。
仕事がえりにLINEを開いたら、着信が10件くらい入っていて折り返すと。

明日までに払わなければならない学費が手元にないと泣きつかれ。その足で預金を崩しに行ったり。


我ながら、別にそこまでしてやる必要はないんじゃないか?と思う事もある。

ただ、もしも自分がデュランのように、まったく頼るアテのない異国でボロアパートで暮らす事になったらと思うと、いたたまれない気持ちになるし。

この日本という、世界でも裕福な国に生まれ、平和な時代の平和な家庭に生まれ育ったことは、自分の実力で勝ち取ったことではなく。ただラッキーだったから。という気持ちが、心のどこかにあるので。

せめてそのラッキーだった分くらいだけでも、人には何かしてやらなきゃな。というものがあるのかもしれない。


とはいえ、大家さんと揉めてデュランがアパートを出て行って以来。
駅前のバーガーキングが閉店して以来。
すっかり音沙汰もなくなり。最近は思い出したように、アマゾンショッピングの依頼が来るのみである。

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数日後。
玄関に置き配された金ピカのネックレスを片手に、デュランにメッセージ。


「デュラン(荷物)きました!」
「アリガトございます! あと10ふんで キマシタ!」

あと、10分でデュランが来るようなので部屋で待つ。間に考える。


デュランに頼まれて色々やってあげる事は別に構わない。
しかし結局のところ、デュランに優しくしてやっている事は、彼の為になっているのだろうか?

決して安くない学費を立て替えてやっても、なかなか卒業の目処が立たないのであれば、いっそ学費が払えずにスリランカに帰ってしまった方が、彼のためだろうか?

 
 
特に答えも出ないうちにノック。
ドアを開けるとデュラン。黒々とした肌に、ぴっちりしたTシャツを来て、真っ赤なニューエラを深々と被っている。
相変わらずガタイだけはやたら良い。

「デュラン元気?変わりない?はい、これネックレス5000円ね。」
「ユキさんアリガト…。」

「…。」

「じゃあ、デュランまたね」
「…。」

何も言わずにしばらく、玄関先でもじもじしているデュラン。

何かまた言いにくい頼み事でもあるのかな?と訝しんで見ていると、おもむろに大きなビニール袋をぐいっと差し出して来るデュラン。

「ユキさん、はいこれ!」
足早に立ち去るデュランを見送りながら、ビニール袋を開けてみる。



「めんつゆ」「伊藤園の野菜ジュース」「永谷園のお茶漬けの素」「そうめん」「おかゆのパック」「親子丼の素」
入っているわ入っているわ、食材の数々。


普段デュラン、こんなもの食べないだろうに。
日本人の私が好きそうなもの考えて、探し回ったんだろうか。
不覚にもちょっぴり胸が熱くなってしまった。

 

正直、デュランが学校卒業できるかどうかなんて分からないし、ましてや就職なんてあの貧相な日本語力じゃあ無理かもしれないけど。

こうして、寄るべもなく異国の地にやって来て、自分と関わった事が、ほんのひと時でも楽しい思い出になってくれていたら嬉しいな。

そんな風に思って、デュランにメッセージを送ってみた。


「デュラン ありがと! たべるね!」


すかさずアルパカがお辞儀する、地味にかわいいLINEスタンプが送られて来た。


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おしまい


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