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チベット・インド旅行記【最終回】
チベット・インド旅行記
#48,エピローグ
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長く、長く続いた旅も、季節がやがて移り変わるように、静かに終わりを迎える時がくる。
日本に帰ると決めてからの日々はあっという間だった。
街のチケット屋で飛行機のチケットを買い。
ラジパレスのクリスに、作った坐蒲(ざふ)を寄付し、家の掃除を済ませ、明け渡しを行う。
何ヶ月かぶりに荷物をまとめ、パンパンになったリュックサックを背負うとずっしりと重みが両肩に食い込んだ。
慣れ親しんだ山の家に鍵をかけ街に出る。
そして、リシュケシュの吊り橋ラクシュマンジューラーを渡り、バス乗り場に向かう途中、サーシャがふいに足を止め、財布から1ルピー硬貨を取り出すとこう言った。
「俺の故郷のロシアでは、忘れ物をした場所には、将来、いずれ戻らなくてはならなくなる。という言い伝えがある。
だから俺たちは、またいつの日かここに来たいと思った時。
またいつの日か再会を果たしたいと思った時。
『こうやって忘れ物をするんだ』」。
サーシャはピンと親指で1ルピー硬貨を弾いた。
1ルピー硬貨はキラキラと輝きながら、ラクシュマンジューラーの吊り橋を落ち、エメラルドグリーンに染まるガンジス河へと消えていく。
何も言わず、河の流れを見る事しばらく。
サーシャと改めて硬い握手を交わした。
「ユーキ。これからも良い旅を。
また会おう」。
「サーシャこそ良い旅を。
本当にありがとう」。
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そうしてサーシャと過ごした修行の日々は幕を閉じた。
サーシャと別れた後の私は、1人首都ニューデリーに行き、その足で空港に向かったが、買った飛行機のチケットが偽物だった事が分かり搭乗口で追い返され、人混みでギターも盗まれ、無一文になってニューデリーの路上で野宿した。
にっちもさっちも行かなくなった私は、最後の最後で日本の両親に泣きついてお金を送金してもらい、やっとの思いで日本に帰り着いた。
そんな風に、最後まですったもんだの旅だったけれども、日本を出発してから約1年。遥かなるチベットを目指す旅はようやく終わりを迎えたのである。
日本に帰ってからの私は、しばらくは禅寺に通ったり、出家する為の寺を探したり、サーシャがロシアに建てる禅寺のサポートをしようと動き回ったりもしたけれども。
サーシャがいつの日か言っていたように、「人生というものは、好むと好まざるともかかわらず、あるべきところにあるべきものを連れて行く」ようで、時間が経つにつれて自然と禅の道からは遠ざかっていった。
ソウルで一緒に暮らしたルーシーとは、結局あれから再会する事は無かった。
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大連で会ったアミちゃんは、その後中国で仕事を見つけたみたいだけれども、その後やっぱり日本に帰ってきて、結婚して、今はお母さんをやっている。
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チベットで会ったチンゴンは、旅行が終わった後、ソウルで無事に就職出来たらしい。
一度だけ、会社の仕事で日本に来るというので、会いに行った事がある。
仕事の合間にちょっとだけ抜け出してきてくれたチンゴンは、相変わらずの人の良さそうな「なすび顔」にスーツ姿が似合っていた。
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ヤクホテルで一緒だった小林さん。ババアシュラムで一緒だったマモさん。
元気しているだろうか?
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そしてサーシャ。
サーシャとは日本に帰った後もしばらくの間、禅堂建設の話でメッセージのやり取りをしていたけれども、金銭的に実現が難しそうだと分かってからは段々と疎遠になり、今どうしているのかは分からない。
今も、どこか、旅を続けながら私みたいな教え子を見つけて修行を続けているといいな。
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私はといえば、日本に帰ってしばらくは座禅の修行を続けていたけれども。友達からバンド活動に誘われてバンドを始めたり。
保育園に就職して保育士になったり。
音楽事務所に所属して音楽活動をしたり。
絵本作家になって、また異国の地で暮らす事になったり。
旅に手を引かれ、旅の風に吹かれるように、日々に生きる毎日です。
ガンジス河のほとりで教わった「人生の美しさに気づく為の道」を、今も変わらず歩めていればいいのだけれど。
それでもさ。
今でも時々。日々の合間に。
仕事の最中に。
何気ない瞬間に。
旅の日々がパノラマのように蘇る事があるんだ。
パチパチと燃えるリシュケシュの山の家のテラス席のかまど。
雄大にそびえるヒマラヤをバックに、キラキラと輝くガンジスの川岸。
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どこまでも続く地平線と乾いた荒野。
手を伸ばせば天に届きそうな、チベットの蒼い蒼い空。
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そんな時決まって、サーシャがくれた旅の言葉が一緒に蘇る。
「ユーキ。
人生とは、人生だ。(ライフ イズ ライフ)
俺たちが何をしようと。
何をしなかろうと。
人生はいつだって、完全な状態で俺たちの目の前に、今、この瞬間も現れている。
過ぎた日々を懐かしむでもなく。
まだ来ない未来を憂うでもなく。
お前はただ、この美しい世界を思い切り味わい。
お前の出来る事を一生懸命すればいい。
座禅とは、座禅だ。(ザゼン イズ ザゼン)
座禅をする時は、ただ座禅をする。
飯を食う時は、ただ飯を食う。
愛する時には、ただ愛をすればいい。
命ある限り。
生きて、生きて。
ただ、最後まで命を生き切るんだ。
ユーキ。
分かるな?」
…あぁ、サーシャ。
分かるよ。
いまだに旅の行く末は知れないけれども。
相変わらず、明日はまだ見えないけれども。
それでも、
今しか見ることの出来ないものを見る為に、今しか出来ない事をする為に。
精一杯、今日も旅を続けていくんだね。
遠く、遠く、
ヒマラヤの雪解け水が流れ込む、ガンジス川の水底は、今も輝いているだろうか。
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(チベット・インド旅行記、了)
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長く長く続いたチベット・インド旅行記の連載。
最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございました。
皆様の人生の旅が、これからも美しく続いていく事を、心より願って。
2023,10,22,
まえだゆうき
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3年間に及ぶ連載もこれにて一件落着。
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【あらすじ】
19歳無職の青年が、悟りを開く為、遙かなるチベットに向けてヒッチハイク!?
チベットの秘境に運送トラックに乗って潜入し、中国の路上でカバンを体に縛り付けて野宿し、インドの山奥で猿と戦う。
日本、韓国、中国、ウイグル自治区、チベット、ネパール、インド。
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