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月と陽のあいだに

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「あの山の向こうに、父さまの国がある」 二つの国のはざまに生まれた少女、白玲。 新しい居場所と生きる意味を求めて、今、険しい山道へ向かう。 遠い昔、大陸の東の小国で、懸命に生き…
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2022年11月の記事一覧

月と陽のあいだに 119

月と陽のあいだに 119

青嵐の章シノン(5)

 翌日の帰り際、白玲はもう一度シノンに会いに行った。
「神事の時に、ネイサン叔父様から花見の宴のお誘いをいただいたの。シノンも一緒にいらっしゃいって」
シノンは綺麗な眉をひそめた。
「それは大変なお誘いね」
どうして?とたずねる白玲に、シノンが説明した。
「ネイサン叔父様は、皇帝陛下の弟君で地位もお金もある上に、見た目も素敵でしょう。それなのに誰とも結婚しないで、宴のたびに

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月と陽のあいだに 118

月と陽のあいだに 118

青嵐の章シノン(4)

 「別に、無理に答えなくていいの。神殿暮らしは退屈で、たまにはこういう娘らしい話もしてみたかっただけ。それから私に敬語はいらないわ。二人だけの時はシノンでいいし、私もあなたを白玲って呼ぶから」
 シノンは、やはり笑っていた。

「シノンは神殿の暮らしが嫌いなの?」
白玲の真っ直ぐな質問に、シノンがわずかに眉を上げた。
「嫌いというわけじゃないけれど。私はもともと巫女になり

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月と陽のあいだに 117

月と陽のあいだに 117

青嵐の章シノン(3)

 神事の打ち合わせは早々に終わり、自室に引き上げる皇后を見送ると、シノンは白玲を露台に誘った。
「風はまだ冷たいわね。でも美しい景色でしょう。湖畔にも花の名所はあるけれど、私はここからの眺めが一番だと思うわ」
 四方を水に囲まれた島からは、遮るものなくユイルハイの岸辺を見渡すことができる。アラムの丘だけでなく、水に映るユイルハイの街の城門や、春霞に包まれた遠くの村々も趣があ

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月と陽のあいだに 116

月と陽のあいだに 116

青嵐の章シノン(2)

 馬車の窓から見える丘陵は、アラムの花で白く霞んでいた。白玲の母の名のハクヨウは「美しい丘」の意味だと聞いたが、父は母の名に故郷の丘の景色を偲んだのだろうか。
 父が愛したアラムの景色を見る日が来るとは、つい先日まで思いもしなかった。遠い異郷で無念の死を遂げた父を思うと、白玲は胸が痛んだ。
「お父様も、ここから景色をご覧になったのでしょうか?」
「ええ、そうね」
白玲がつぶ

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月と陽のあいだに 115

月と陽のあいだに 115

青嵐の章シノン(1)

 月蛾宮の正門からまっすぐに延びた道は、城門を抜けるとユイルハイの湖に出る。道の先の湖の中には島があり、長い橋が島と湖畔とを繋いでいた。島には月蛾宮と同じ白い石造りの月神殿がそびえ立つ。月の塔を中心に、美しい露台が幾層にも重なった神殿は、満月の夜には一層輝きを増し、湖面に白い影を落とした。
 月神殿の現在の主は、大巫女を兼務する皇后だ。しかし皇后は普段は月蛾宮で過ごしていた

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月と陽のあいだに 114

月と陽のあいだに 114

青嵐の章月蛾宮(7)

 「コヘル様がいらっしゃらなければ、私はここにはおりませんでした。コヘル様が私に新しい人生をくださったのです」
 コヘルはしばらく黙っていたが、やがて白玲の目を真っ直ぐに見た。
「あなた様がこの国にいらしたことが良かったかどうか。それはこれから分かってくることです。あなた様の素晴らしさが伝わるには、今少し時間がかかるでしょう。だから焦ってはいけません。きっといつか、あなた様

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月と陽のあいだに 113

月と陽のあいだに 113

青嵐の章月蛾宮(6)

 「月蛾宮の暮らしはいかがですか?」
 床に起き上がったコヘルは、白玲を見て微笑んだ。暗紫回廊を歩いていた時に比べても、顔色はすぐれず、やせたようだった。白玲は見舞いが遅れたことを詫びた。
 「お気になさいますな。叙位式で、あなた様が皇女殿下になられるのをこの目で見ることができて、本当に嬉しく思いました」
 アルシーはお役に立っておりますかと問われて、白玲は困ったように笑っ

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月と陽のあいだに 112

月と陽のあいだに 112

青嵐の章月蛾宮(5)

 毎朝目覚めると、ニナかアルシーの手を借りて身支度を整える。朝食の後は、皇后に朝の挨拶をして、午前の勉強を始める。それが白玲の日課になった。
 勉強の内容は、月蛾国についての基礎知識と教養、宮廷で必要な礼儀作法だ。
 陽神殿で厳しい修行をしてきた白玲は、すぐに礼法を身につけた。けれども宮廷のさまざまな決まり事には閉口した。それが何なのと思うような規則が、事細かに決められてい

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月と陽のあいだに 111

月と陽のあいだに 111

青嵐の章月蛾宮(4)

 月蛾宮の内廷は、皇帝の御座所である内府を中心に、長い回廊に沿って宮殿が連なっている。皇后の居所である皇后府、皇太子の住まいの太子府、皇帝の側妃や結婚して独立した皇子も、それぞれの宮殿を持っていた。けれども、皇女になったばかりの白玲には独立した宮殿は与えられず、皇后の宮殿である皇后府の一角の宮で暮らすことになった。
 白玲の宮は他の宮に比べれば小さかったが、勉強部屋も兼ねた

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月と陽のあいだに 110

月と陽のあいだに 110

青嵐の章月蛾宮(3)

 月蛾宮は、国政の場である外朝と、皇帝一族の居所である内廷の二つの部分からなる。外朝には正殿を中心に、毎朝重臣たちが集って国政を議論する朝政殿や行政を司る官衙が連なっている。

 白玲が皇帝に謁見した数日後、その外朝の正殿で、叙位式が行われた。
 無数の燭台に照らされた正殿の広間には、月蛾国の文武百官と主だった貴族たちが威儀をを正して並んでいる。真っ直ぐに延びた絨毯の先には

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月と陽のあいだに 109

月と陽のあいだに 109

青嵐の章月蛾宮(2)

 「そなたは、父のことを聞いているか?」
 無言で見つめる白玲に、皇帝が問いかけた。
「父は私が生まれる前に亡くなりました。母も、私を産んで間もなく亡くなりました。村長だった祖父は私を孫とは認めず、私は白村の陽神の社の巫女だった白穂様に育てられました」
 白玲は顔を上げると、皇帝を見つめた。
「婆様は生前、父が月族で、何かの使命を帯びて暗紫山脈を越えたのだろうと話してくださ

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月と陽のあいだに 108

月と陽のあいだに 108

青嵐の章月蛾宮(1)

 ユイルハイとは、月蛾語で『三日月の海』を意味する。月蛾国の都ユイルハイは、同じ名をもつ湖に面した平原にある、堅固な城壁と堀に守られた都市だ。白い石造の壮麗な月蛾宮を中心に、街は碁盤目に区切られて、宮を囲むように貴族や高級官僚の屋敷が並んでいる。そして、その外側には『城下』と呼ばれる庶民の街が広がっていた。城下にはいくつもの市場があって、月蛾国はもちろん、輝陽国の珍しい品々

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月と陽のあいだに 人物紹介編 3

月と陽のあいだに 人物紹介編 3

青嵐の章の主な登場人物

白玲・・・主人公。月族の父と陽族の母の間に生まれた。黒髪と黒い瞳を持つ。

月蛾国の人々(月族)
  リーアン・・・月蛾国皇帝。アイハルの父で、白玲の祖父。
  カラナ・・・・月蛾国皇后。アイハルの生母で、白玲の祖母。
  シノン・・・・月帝の孫娘。アイハルの妹の子で、白玲の従姉。
  コヘル・・・・月帝の側近。元アイハルの養育係。陽族で元の名は楊静。
  アルシー・・・

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月と陽のあいだに 107

月と陽のあいだに 107

浮雲の章ナーリハイ領(8)

 白玲は素直に頷いた。
「はい、少し。でも疲れたというより、何もかもが夢のようで、今の自分に戸惑っています」
 サジェは微笑んだ。
「先ほどのご挨拶はお立派でした。姫様は陽神殿で礼儀作法を学ばれましたから、何もご心配なさることはありません。こちらでは輝陽国と違うところもありますが、それはおいおい学べば良いことです。今夜はゆっくりお休みくださいませ」

 頷いた白玲は、

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