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月と陽のあいだに 112

青嵐せいらんの章

月蛾宮げつがきゅう(5)

 毎朝目覚めると、ニナかアルシーの手を借りて身支度を整える。朝食の後は、皇后に朝の挨拶をして、午前の勉強を始める。それが白玲はくれいの日課になった。
 勉強の内容は、月蛾国についての基礎知識と教養、宮廷で必要な礼儀作法だ。
 陽神殿で厳しい修行をしてきた白玲は、すぐに礼法を身につけた。けれども宮廷のさまざまな決まり事には閉口へいこうした。それが何なのと思うような規則が、事細ことこまかに決められていたからだ。
「とにかく今は身につけることです。決まり事は、ご自分を守るたてになりますから。慣れていらしたら、体面たいめんを保てる範囲で省略することもできましょう」
 サジェの助言に、白玲はしばらくは我慢がまんしようと思った。

 教養科目は、皇后が選んだ講師が担当した。歴史や文学など一通りのことがわかると、白玲はすぐに退屈たいくつになった。高齢の講師たちは、勉強の内容より自慢話や道徳めいたお説教が得意だ。皇后は、白玲が輝陽きよう国で身につけた学問を全く認めなかった。月蛾国の優れた学問や芸術が、輝陽きよう国からきた小娘に理解できるはずがないと思っているようだった。
 白玲が退屈な講義に辟易へきえきし始めた頃、アルシーが「たまには息抜きにいらっしゃい」というコヘルの伝言を持ってきた。

 月蛾宮で暮らし始めてから、コヘルには会っていなかった。厳しかった暗紫あんしえのせいか、叙位式じょいしきの後、コヘルの病状は一気に悪化した。とこく日が多くなったと聞いて、もっと早く見舞いに行きたかった。しかし白玲は宮廷の暮らしに慣れるのに精一杯で、外出の時間が作れなかった。
「コヘル様のお見舞いに行ってまいります」
 皇后の許可をもらって、白玲は初めてユイルハイ城下の市場いちばへ出かけた。そして果実やもち米粉を買うと、宮へ戻って菓子を作った。コヘルが白村はくそんやしろたずねてきた時に、手土産にくれた餅菓子もちがしだった。それをかごに詰めると、アルシーの案内でコヘル邸へ向かった。

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