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月と陽のあいだに 108

青嵐の章

月蛾げつがきゅう(1)

 ユイルハイとは、月蛾語で『三日月の海』を意味する。月蛾国の都ユイルハイは、同じ名をもつ湖に面した平原にある、堅固けんご城壁じょうへきほりに守られた都市だ。白い石造の壮麗そうれいな月蛾宮を中心に、街は碁盤目ごばんめに区切られて、宮を囲むように貴族や高級官僚の屋敷が並んでいる。そして、その外側には『城下じょうか』と呼ばれる庶民しょみんの街が広がっていた。城下にはいくつもの市場があって、月蛾国はもちろん、輝陽きよう国の珍しい品々も集められ、行き交う人々でいつもにぎわっていた。

 白玲はくれい暗紫あんし山脈を越えてから四日目の午後、ユイルハイの城門を美しい馬車の一隊が通って行った。先頭の皇帝旗を掲げた騎馬兵の後に、前後を近衛に守られた二台の馬車が続いた。前を行く馬車には白玲とサジェが乗り込み、後続の馬車にはコヘルとタミアが乗っていた。馬車の窓から見え隠れする黒髪の少女の姿を、城下の人々は跪いて見送った。

 一行の到着を待ちわびたように月蛾宮の正門が開くと、馬車は止まることなく正殿せいでん前の広場を抜けて、内廷ないていの車寄せに滑り込んだ。先頭の馬車の扉が開いて、まずサジェが降り、その後から正装の白玲が姿を現した。居並ぶ侍従じじゅうや女官の間を通って、白玲はまっすぐに皇帝の御座所ござしょである内府ないふ金剛殿こんごうでんへ向かった。

 金剛殿の謁見えっけんの間には、リーアン帝とカラナ皇后が待ち受けていた。
「こちらへ」
 扉の外でひざまずいた白玲の上に、よく通る声が響いた。白玲は、顔を伏せたまま皇帝夫妻の前へ進み出た。
「顔を上げよ」
 再び声をかけられ、白玲は顔を上げてリーアン帝を見上げた。
 面長おもなが輪郭りんかくに高い鼻梁びりょうひたいには深いしわが刻まれている。その下の目は、今はなんの色も浮かべず、白玲を見つめていた。

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 最初の投稿を少し改変しました。ストーリーの展開には変わりはありません。
 初めに読んでくださった読者様、ごめんなさい。

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