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月と陽のあいだに 111

青嵐せいらんの章

月蛾げつがきゅう(4)

 月蛾宮の内廷は、皇帝の御座所ござしょである内府ないふを中心に、長い回廊かいろうに沿って宮殿が連なっている。皇后の居所きょしょである皇后府、皇太子の住まいの太子たいし府、皇帝の側妃そくひや結婚して独立した皇子も、それぞれの宮殿を持っていた。けれども、皇女になったばかりの白玲はくれいには独立した宮殿は与えられず、皇后の宮殿である皇后府の一角の宮で暮らすことになった。
 白玲の宮は他の宮に比べれば小さかったが、勉強部屋も兼ねた居間の他に、寝室と浴室、化粧室、侍女の控室があった。階段を上った屋上には屋根付きの露台ろだいもあって、宮の屋根越しにユイルハイ湖を望むことができた。
 白村はくそんでも貴州府きしゅうふ陽神殿でも、白玲はいつも誰かと部屋を共有していたから、これは夢のような空間だった。
 さらに白玲には、ニナとアルシーという二人の侍女がついた。ニナは白玲より二歳年上の物静かな娘で、白玲より一つ年下のアルシーはコヘルの孫娘だった。これまでつかえる側だった白玲は、同世代の二人にどう接するか戸惑った。

 接し方がわからないのは、皇后も同じだった。
 初めて謁見えっけんした日、何の色もなく白玲を見つめていた皇帝は、白玲の話を聞き質問を重ねるうちに、その瞳に穏やかな暖かさを浮かべた。それはどのような生まれ育ちであろうとも、自分を受け入れようとする目だと白玲は思った。だからそのとき、この人のためなら自分の力の全てを使おうと決めた。直感だったが、白玲はそれを信じようと思った。
 だが皇后の視線は違った。自分によく似た者に出会った驚きが収まると、目の前の少女がどれほどのものか値踏みする冷ややかな目になった。白玲を皇后府に受け入れたのも、孫娘に対する優しさからではないのだろう。
 今の白玲が信じられる月族げつぞくの人々は、皇帝とコヘルとナダル、ホスロとサジェ女官長。いまだ白玲にとって、月蛾宮は敵地だった。

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