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月と陽のあいだに 109

青嵐せいらんの章

月蛾げつがきゅう(2)

 「そなたは、父のことを聞いているか?」
 無言で見つめる白玲はくれいに、皇帝が問いかけた。
「父は私が生まれる前に亡くなりました。母も、私を産んで間もなく亡くなりました。村長むらおさだった祖父は私を孫とは認めず、私は白村はくそんの陽神のやしろ巫女みこだった白穂はくすい様に育てられました」
 白玲は顔を上げると、皇帝を見つめた。
婆様ばばさまは生前、父が月族げつぞくで、何かの使命を帯びて暗紫あんし山脈を越えたのだろうと話してくださいました。けれどもそれ以上は教えてくださらず、私が白村での父の暮らしを知ったのは、婆様の遺品の覚書おぼえがきを見つけてからです」
そう言って白玲は、かたわらのサジェが手にした盆を差し出した。盆の上には、古びた冊子さっしと一振りの懐剣かいけんせられていた。

 皇帝は、まず冊子を手に取った。
 表紙を開いて一枚二枚と目を落としていたが、そっと戻すと、懐剣に手を伸ばした。懐剣には一通の書付かきつけが添えられていた。
『この懐剣を、妻白瑶はくようとその子にたくす。月神の御加護ごかごのあらんことを』
 凍傷とうしょうき手の指を失ったアイハルが、やがて生まれる我が子のために筆を持つ姿が浮かんで、手紙の文字が一瞬ゆがんだ。
 鞘に刻まれた飾り文字をなぞると、皇帝は目を上げて、自分を真っ直ぐに見上げている少女を見つめた。
 黒髪と大きな黒いひとみは母ゆずりだろう。しかし、少し角張った顔の輪郭りんかくや鼻と唇の形は、アイハルのものだった。そして、何よりアイハルに一番よく似ているのは、その瞳の強い輝きだった。

 皇帝は、思わず隣に座る皇后を見た。アイハルは母后に似ていた。それにこの少女は、月神殿で出会った頃の皇后にそっくりだ。皇后も同じように思ったのだろうか、目を見開いてじっと少女を見つめていた。

「白玲よ、そなたはアイハルにも皇后にもよく似ている。何よりそなたの目は、アイハルと同じ輝きをしている。余はそなたをアイハルの娘と認め、皇女として月蛾宮に迎えよう。
 もっと早く迎えてやりたかったが、十八年もかかってしまった。許せよ」
「身に余るお言葉をいただき、お礼の申しようもありません。父の名をけがさぬように、精進しょうじんいたします」
 そういうと、白玲はひたいを床につけて深く拝礼した。

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