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斎藤美奈子『妊娠小説』

青春小説、恋愛小説のように、何かとジャンル分けされてきた小説だが、ここに著者は「妊娠小説」という新たなジャンルを定義づける。

【妊娠小説の条件】
「望まない妊娠」を登載している。

妊娠、とはもともと望まない妊娠を指すことが多い言葉で、望む妊娠は「懐妊」という言い方をされる。そして、たいがい小説の中で描かれるのは「望まない妊娠」が引き起こす人間たちのすったもんだであるらしい。

そして、日本近現代文学史には、ただこれまで「妊娠小説」という概念がなかっただけで、上の条件に当てはまる小説が数多書かれてきている。

ヒロインの「受胎告知」シーン、すなわち「できたみたいなの」という恋人からの告白に始まる主人公の煩悶、産むか堕ろすか悩むだけ悩んで下さない決断、妊娠の代償。妊娠小説の「時間感覚」を掴むため、著者が考案した方法がすごい。
彼らの出会い、性交、"受胎告知"、堕胎、別れ、のタイミングを野球のスコアボードに見立て、「終盤一発ぶちかまし型」や「中盤盛り上げ型」、「序盤先制逃げきり型」といったパターンに分類していく。

白眉は妊娠小説のくどさ(著者は「胃のもたれぐあい」という言い方をしている)を計測する「妊娠濃度」を使った分類。料理に見立てているのが面白い。

つくづく、執念がないとできない作業だ…。

サンプル(テキスト)として挙げられている小説の中で、私が読んでいたのは、森鴎外『舞姫』と村上春樹『風の歌を聴け』くらいであったのが残念だ。が、それでも、著者のくせになるピリ辛評論は大変面白く読めた。

この本を読んだ後に、これから妊娠小説を書きます! という猛者は、小説を書くにあたって大層いらない? あれこれを考えてしまうことだろうと思う。評論に切り分けられるのが怖くて、とても書けない。
読み手としてだって、サザエや卵が食卓にのぼるシーンで、おいしそうだナとおちおち涎を垂らしてはいられない。
しかし、著者も言っているように、妊娠小説(と、自認するかどうかはさておき)は、本当にタネの宝庫だ、と私には思えてしまうのだった。




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