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松本市の店員さんにピンチを救われる(2009年40歳)

寒さ残る3月。長野県松本市へひとり旅立った。

「ひとり旅」なんて言うと、のん気そうだがそうでもない。
今回も「風水開運旅行※1」なので、数々の開運ミッションをこなさねばならない。
それは例えば、パワースポットを訪れたり、吉方位に合ったものを食べたり飲んだり買ったり、開運行動をとったりなどなど。結構やることがてんこ盛りで、忙しかったりするのだ。
いやまあ、基本楽しんで行うと良いらしいのだが、如何いかんせん私は強欲。ドッサリガッツリ運を掴むため、出来るだけ多く達成しようとメラメラ燃え盛っていたのだった。

さて、3月の松本はまだまだ寒かった。
好天で日差しも春めいているのに、なにしろ風が冷たい。と言うか痛い!
重ね着3枚にウールのコート、更にウールのマフラーをグルグル巻いても、ピシリとした冷気が身を包み、息を白くしたり鼻の頭を赤くしたり、指先の感覚を無くしたりして私を縮こまらせた。

ところが地元の皆さん、トレンチコートやブルゾンなど、軽やかな春の装い。おまけに、颯爽としていらっしゃる(驚)!!
真冬の格好で、さらに寒さに打ち震えているのなんて、私くらいだよ!
いや~さすがは雪国の皆さん、寒さにお強い!素晴らしい!

などと、真冬を感じながら巡った街は、統一感のある整然美が非常に魅力的だった。
国宝松本城を中心に、風情あるレトロな建造物が多く残る中、新しい建物が見事に調和。碁盤の目状効果もあってか、街全体がビシッ!シャキッ!と整っていて、こちらも背筋が伸びる思いである。
その佇まいを人に例えるなら、「古風で折り目正しい、端正なイケメン(剣道部所属)←伝われ!」。
しかも、そのイケメン君は古風だけじゃない。今どきの子らしく、おしゃれで個性的な個店や、何かと便利な大型商業施設、清らかな川など、多方面で楽しませてくれたのだった。

そんな「端正イケメン松本」滞在の2日目早朝。
いよいよ旅のメインミッション「穂高神社参拝」を遂行するため、松本駅から寝ぼけ眼で(←低血圧で朝が弱い)ローカル線電車に乗り込んだ。

程よく混み合った朝の車内。乗客の皆さんは、街のイメージそのままに「シャッキリ端然」とされていた(特に、若者の佇まいが素晴らしいのなんの!)。
そして、左車窓には、白化粧がなんとも美しい壮大な北アルプス連山!……と、一日の始まりにふさわしい清々しさ。
おかげですっかり目が覚めた私は、元気に穂高駅で降車。
冷たく澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込みながら歩みを進め、穂高神社拝殿にて無事参拝を済ませた。

ところで。こちらには樹齢500年以上といわれるご神木「孝養杉※2」がある。
なんでも良い気が満ちているとのことで、私も早速そちらへ。
パワーにあやかろうとじっくり仰ぎ見た。

……ご高齢な孝養杉さん。天を指すようにスックと直立する巨樹であるが、所々葉が茶色く枯れ、自らの枝も重たそうだ。
でも、それでもなお生き続けようとする力強いエネルギーと叡智が、確かにそこにはあった。
「何が起こっても文句も言わず、自らを順応させて試行錯誤しながらここまで頑張って来たんだろうな……」
自然の神秘を全て窺い知ることは出来ない。けれど、そのお姿に強く胸を打たれた私は、しばし佇み、孝養杉さんこれまでに思いを馳せた。

……で、どのくらい経った頃であろうか。私は体に異変を感じ始めたのである。
「なんか、鼻がムズムズするな……」
そこでようやく、脳内認識センサーがビコーンと作動した。
「あっ!孝養杉さんって、“杉”じゃないか!!」

そう、私はかなり年季の入った重度の花粉症患者である。
なのに、孝養杉さんのあまりの神聖さに、「杉」であることを全く認識出来ていなかったのだ(←うおおい!)。
いやそれどころか、この真冬のような痛寒さで、「只今花粉シーズン真っ盛り」であることも脳みそから吹っ飛んでいたよ!

一体、何分くらい見上げていただろう。
よりによってぽっかりと上に向けられた無防備な鼻の穴は、恐らく相当量の花粉を吸ったのである。
「こ、これはいかん!お名残り惜しいが、花粉には勝てない。では孝養杉さん、これにて失礼します。お元気で。ありがとうございました!」
私はそうご挨拶をすると、そそくさと退場。
慌ててバッグに常備してあるマスクを装着し、松本駅へと戻ったのだった。

松本駅到着後、お次は大型商業施設のジュエリーショップを訪れた。
北西旅の開運土産である「指輪」を購入するのだ。
「いや~それにしても、お土産に指輪ってちょっとハードル高いよな。気に入るのがあれば良いけど……」
普段全く装身具をつけない私は、ちょっとドキドキ。しかし、運を掴みたい一心でショーケースを覗き込み、選び始める。
そばでさりげなく待機して下さっているのは、年上女性店員さん。
とても実直な方で、サッパリとした接客スタイルが輝いていた。

と、そこでまたしても我が身に異変が!
今度はマスクの中で鼻水がツツツーと流れ出したのだ。
『おおっ、こりゃまずいぞ!屋内で体が温まって、症状が加速したか!?』
速やかに手持ちのティッシュで鼻を拭う。が、拭った尻からすぐに垂れる。
恥を忍んでスビビーと豪快に鼻をかむ。それでも瀑布の如く流れ落ちる、憎々しい鼻水。
残るティッシュもあとわずかとなり、じっくり選んでいる場合ではなくなった。

そんなピンチをすかさずキャッチして下さった店員さん。慌ててティッシュの箱を差し出して下さった。
「大丈夫ですか!?良かったらどんどん使ってくださいね!」
買うかどうかも分からない私にも、この温かな施し……。感激であった。
「す、すみません(ズビー)。花粉症が酷くて……。ありがとうございます!」
ひたすらお礼を述べ、ティッシュをいただく。……とは言え、このまま鼻をかみ続けたら、煌びやかなこのお店のイメージダウンになりかねない。とにかくスピーディーに吟味せねば!

と言うことで、枯れ果てることのない潤沢な鼻水と格闘しながら恐縮し、それでもやっぱりティッシュを大量に消費してしまった頃、なんとかお気に入りを見つけ、お会計を済ませた。

重ね重ねお礼を述べながら、立ち去ろうとする私。
そこへ間髪入れず、「あ!ちょっと待ってください!」と店員さん。
手早くティッシュを箱からババババーッと大量に取り出すや否や、ササッと美しい束に整え、「これ、携帯用にどうぞ!」と持たせてくださった。

……とてつもない感激が、胸にじんわり広がった。
と同時に、ティッシュの束から放たれる「整然美」が、この街のイメージとピッタリ重なった。
……ああ、やはり街は人を作るのだ……。

その後、商業施設を出て街の散策を始めた私は、早速いただいた紙で鼻をかみながらふと思った。
「ティッシュの束なんて、子供の頃以来だな……」
実は子供時代、田舎だったこともあってか、まだそんなにポケットティッシュが豊富ではなかった。あまつさえ、ティッシュを持ち歩くという意識自体も低かった気がする。
なので、小学校の衛生検査(持ち物検査+爪の長さ・前髪が目にかかっていないかなどをチェックされる)があるのにうっかりポケットティッシュをストックし忘れた各家庭のお母さんが、ティッシュやチリ紙(ちょっとキメが粗い紙)を束にして子供に持たせていたなんてこともあったのだ。

「そうだ。そうだった……」
急激な水分喪失でわずかに干からびた顔が、フッとほころんだ。
なんだか、いただいたティッシュの束がますます愛おしい。

花粉症は毎年本当に辛いが、いいこともあるものだ。
私は孝養杉さんと店員さんにあらためて感謝した。
そして、薬局で花粉症の薬を買い込み、寒さの中温かな気持ちで心置きなく旅を続けたのだった。

【補足】
※1 風水開運旅行とは:自分の本命星にとって「良い時期に良い方角(吉方位)」へ旅をして開運する方法。特に、風水に基づいた衣・食・行動を旅先で実践すると、その土地の気をより吸収し運気がUPする。

※2 孝養杉ご由緒(神社案内板からの引用文):「昔、家族が重い病にかかり、一日でも早く元気な身体に立ち返るようこの杉の木と穂高の神様に毎日お参りをしたところ、朝露が乾くが如く、淡雪の解けるが如く、病を癒したといわれています。杉に手を当てて、明日の糧に健康とパワーをいただいてください」