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約束に重いや軽いはない
この人との約束は遅刻出来ない。
この人との約束は遅刻しても問題ない。
そんなことはあり得ない。
これは、飲食店や歯医者等のお店においても同様だと思ってます。
それが仕事だから遅れても良いも悪いもない。
ただ遅れることはあるから、ちゃんと連絡を入れれば問題ない。
優劣をつけていることにそもそも人としての姿勢に問題があると思いますね。
喜怒哀楽は分かりやすく
厳密に言うと、怒るではなく叱ることが管理者には求められる。
それはさておき、リーダーが何を大切にしているのか、それは分かりやすい方が良い。
何をすれば怒る(叱る)のか?
何をすれば喜ぶのか?哀しむのか?楽しむのか?
分かれば、それに応えようともすることが出来る。
しかし、分からなければ応えようにも応えることが出来ない。
だからこそシンプルに分かりやすい方が良い。
出来ない理由を考えるのではなく、どうすれば出来るかを考える
やる前に頭の良い人は色々と考える。
そして行動しない。
その思考として次のように分かれる。
①出来ない理由を考えていく
②出来る方法を考えていく
同じように意見を言っているかのようですが、上記の違いに気付けたら、その人がどちらで意見を言っているのかは直ぐに分かる。
更には、①で出来ない理由を述べている人と長く話をしていても意味はない。
生産性がないのである。
確かにリスクを想定することは大切で
遊ぶ時間も仕事の時間も同じ時間
1時間の長さや1分間の時間の長さは変わらない。
人や行為によって、長く感じたり、短く(早く)感じたりするだけである。
その為、遊びの時間でも仕事の時間でも時間については変わらない。
しかし、基本遊びは楽しいことでしょう。だから何時間でも楽しめるということでしょう。
一方仕事は?となると楽しい人にとっては同様にあっという間になる。
当然嫌なことや無駄と思えること、ストレスがかかることは同じ時間でも
霊はいるのかいないのか?
正直私にも分かりません。
お化けも霊もサンタクロース、何でも良いですけど私には見えません。
しかし、見えないからと言って、存在しないと断言することは違うと思うのです。
自分には見えてなくとも、他人に見えていることも当然あるわけです。
ただ、世の中の多くの人は、自分に見えている世界が全てだと思ってしまいがちです。
だからこそ、自分に見えてなくとも他人が見えている世界があるんだという理解をすることが
強い決意が全ての始まり
想いは手法の上流にあり、但し手法なき想いは無力なり。
なるほどである。想いはとても大切だし、想いのないところに、手段や手法だけ落とし込んでも意味がない。
しかし、いくら想い(やる気)があっても手法を持ち得ていなければ、その想いは悲しいかな無力である。
ただ、私は思うことがあります。
実は徹底的根性論で考えると、実は強い想いがあれば、必然的に手法は思い付いてくるはずなのではないかと思うのです。
そ
それぞれのメンバーに未来も生活も家族もある
管理者の仕事とは?となると、それはそれで様々存在している。
管理という漢字が示すように、「管・・・くだ、パイプ」と「理・・・ことわり、ありたい姿、理想」なる。
理想の状態へ繋ぐパイプを管理と言い、その理想の状態になるようにサポートをしていくことが管理者の職務であると言える。
これと経営者(役員)は、また異なる領域であり、その説明は割愛する。
話を戻すと、企業としての理想を部下にも賛同して貰い、企業
営業力がある人の特徴
20年前にふとある人から聞かれた「営業力がある人ってどんな特徴がありますか?」
その時に咄嗟に答えた。
これまでの経験値が答えさせた。
その答えは
①おもろいコト
②エロいコト
だった。
単純に聞かれたから、単純にただ答えた。
しかし、その後にどうしてそのように答えたのかを考え続けた結果、答えが出てきた。
それは・・・
①おもろいコトというのは、実は相手の反応が読めるということ。
だから、
学びは何歳からでも出来る
確かに小学生や中学生で学んでおけることはある。
その為、学べることは確かにしっかり学んでおいた方が良いだろう。
しかし、学んでなかったからといって悲観することはないでしょう。
学ぼうと思えば何歳からでも学べる。
人生は、学生時代よりも社会人生活の年数の方が長い。
ただ、時間は取れない。
脳の吸収も異なるかもしれない。
その環境下で学ぼうとするかどうかが、人生を左右することになるのだろう。
社会
まずは受け止めること
そこからがスタートとなる。
言われたら面白くもない。これは年齢の上下でも関係なく、誰から言われても嬉しいものではないでしょう。
人間は承認欲求がありますからね。
ただ、指摘やフィードバック、クレーム等は、その全てが正解とは言いませんが、相手が感じている事実でもありますね。
勿論少数派の意見もあれば、多数派の意見もある。
だから、全てに振り回される必要もないし、対応をする必要もない。
これは商売をす
全ては自分で選んでいる責任を持つ
誰かが言ったから・・・それでも選択したのは自分である。
それは誰の責任でもなく自分の意思なのである。
それをさも自分で決めていないような言い方や捉え方をしていては、「自分は悪くない」と楽なのかもしれないが、他人に振り回される人生となる。
自身の取った言動においても、その理由や目的が不鮮明であり、当然振り返りにもならない。
人の人生を歩んでいるのではない、自分の人生のハンドルは自分で持っておきたい