第壱章 自動販売機は優秀なセールスマン

【信じられない優秀な営業マンの定義】

「宜しくお願いします!」
元気な掛け声と共に研修がスタートした。

 私の名前は、山田 恭一郎。今年で三十歳になる。今日は私の新たなスタートを切る一日である。
これまで八年間勤めてきた大手電機メーカーの総務部から転進し、今日から新しい会社に勤務している。
今まで総務畑でやってきた経験に固執するのではなく、新たな自分の可能性を探るべく、ベンチャー企業の営業職へ転職したのである。

 山田は、正直、不安であったが、一方でそれと同じぐらいの楽しみ・ワクワク感を持っていた。
入社前の面接にて社長の奥出から感じるものがあったのだ。それは今までに感じた事のない感覚だった。
 しかし、あえて例えるならば、まるで子供の頃欲しかったゲームを買ってもらい、そのゲームを進める度に「次はどうなるのだろう?」「どんなキャラが出てくるのだろう?」と思うドキドキ感や期待感に近いものだった。ただ、その記憶は山田にとっては遠い過去のものだった。

 山田は、社会人も八年を経験するとそんなドキドキ感・ワクワク感・期待感を久しく感じていなかった。日々の業務は、特に考えることもなく、上司から言われたことをそのまま行い、毎月毎月特に代わり映えもなく作業にあたり、時にはライン部門からの書類提出が遅い事にイライラしたりする毎日だったからだ。そしてそんな毎日だったことに対して、山田自身が何の疑問を持つことなく過ごしていたのだった。その山田にとって、奥出との出会いは刺激的だった。
 今までと何かが違う。『何か?』って山田には分からなかった。ただ、自分はこのままではいけない。この人と居ることで自分は、何か今までと違う自分に出会えるのではないか?そう感じたのだった。
その答えは、研修を全て終えた時に分かるのだった。

「では、これから山田さんの営業力を強化する為の研修をスタートさせましょう!
これまでの目的・目標の違いなどの復習はしっかりしておいて下さいね」

社長の奥出が研修をスタートさせる。

 私は思っていた、この数日間だけで、私の社会人生活の八年間を超えた気がするなぁ。
 これまでの人生で、ここまで『考える』ということをしてこなかったからなぁ。
そのようにここ数日間を振り返っている私に対して、奥出社長は、例の如く考える質問を投げかけてくる。

「山田さんはこれまで営業の経験がないってことでしたよね?」
そうですね。

「ではそれを踏まえて質問をしていきますね」

はい。

「優秀な営業マンとはどういうことを言うのでしょうか?」

え~~っとですね、当たり前ですけど、成績が良い人が優秀な営業マンでしょうね。

「なるほど。その他にはありますか?」

そうですね、良く売るってことは、押しが強い人の印象がありますねぇ。

「なるほど、押しが強いですね。他にありますか?」
他ですか?それから話が上手いってイメージもありますね。

「ほぅ、話が上手いですね。他にありますか?」

う~~~~んセカセカして忙しそうな印象がありますね。

「なるほど、セカセカというのは、忙しないということですね」

「いいでしょう。まとめると・・・
①営業成績が良い
②押しが強い
③話が上手い
④忙(せわ)しない
ということでしょうか?」
はい、大体そんなイメージですね。
「では再び質問をします。一つ目の営業成績が良いのは結果ですから置いておきましょう。二つ目から確認をしていきます。二つ目の押しが強いということですが、ではそれはどうしてですか?どうしてそう思われましたか?」

え~~~~っとですね。これまで会ってきた人で大体優秀な人の印象がそうだったんですよね。
なんかですねぇ迷っている時に、こう強引というか、なんと言うか、お願いされたり・・・勝手に話を進めていったり・・・って感じですかね。

「そうですか、山田さんはそのような経験をされてきたのですね。その為、強引に話を進めたり、お願いしたりするような人が優秀な営業マンに思えたわけですね」

いやぁ~あのぉ~~~・・・。
「正解とか間違いとか気にしなくていいですよ。純粋に思ったことを言ってもらえれば問題ないです」

はい。

「では続いて確認していきますね」

はい。

「三つ目ですが、話が上手い人って先ほど仰ってましたよね?」

はい。

「それはどうしてですか?思った通りに言って貰えれば結構ですよ」

はい、それはですね・・・なんか感覚なんですけど、良くしゃべるってイメージなんです。
なんか、話が上手くって、色々と話題が豊富なイメージですね。息つく間もないって感じですかね。

「そうですか、イメージは伝わりましたので大丈夫ですよ。
 では最後の忙(せわ)しないについても同様に教えてもらえますか?」

これはまぁそのままなんですけど、なんかですね、書類とかを急がされる感じですかね。せっかちというか、『今日でなきゃだめです』って感じですかね。

「なるほど、具体的にイメージできた過去を教えてもらっていいですか?」
はい。えっ~~とですね。数年前に生命保険の見直しをしたんですけど、その時に友人から紹介を受けた営業の人だったんですけど、会ったその日にですね、ノートパソコンを使って色々と提案をしてくれて、結局その日に申込みを進められて、『まぁ知り合いの紹介だし、なんか良くなるみたいだしいいかっ』ってノリで契約したんです。

その営業マンを紹介してくれた知人がそもそも『優秀な営業マン』って言っていたのと、まぁ確かに話も上手で、あっという間に契約していたって感じですかね。

「そうですか、そう言うことがあったんですね。
 よく分かりました。今から営業力強化をテーマに研修を行うとお伝えしましたが、そこで優秀な営業マンを紹介したいと思います」

『優秀な営業マン?』私は不思議に思った。この会社には、社員は私しかいないはずだ。
確かに社長は優秀なのかもしれないが、自分で自分のことを『優秀な営業マンを紹介します』って言うか???
そんな風に私が思った矢先だった。

「優秀な営業マンとは・・・・」

私は社長の言葉に聞き入った。

「優秀な営業マンというのは、『自動販売機』のことです」


【本質的に優秀な営業マン】

えっ?!私は一瞬自分の耳を疑った。
自動販売機って・・・。どうしても社長が言っている意味が分からなかった。しかも社長はその理由も説明しない。
さすがに気になった私は、その理由を聞いた。
どうして自動販売機が優秀な営業マンなんですか?
自動販売機自体が営業をしているように思えませんが・・・。

「まぁそう思うのも仕方ありませんね。でもよく考えてみて下さい。自動販売機で物を買ってませんか?」

それはまぁジュースとか買いますね。

「そうですよね」
でもあれは、自分が買いたい物を買っているかと思うのですが・・・。

「そうですね、買いたい物を買っているかと思います。では、買いたくない物を売っているのが営業マンなんですか?それをいっぱい売っている人が優秀な営業マンなんですか?」

えっ?それは・・・。

「どうですか?」

そう言われると違う気がしますね。

「山田さんが言わんとしていることも十分分かります。例えば、『人じゃない』から・・・って思ったりしていませんか?」

まぁそうですね。

「いいですか、本質的なところを見抜いてもらいたいのです。人で優秀な人を紹介しても、恐らく本質を見抜くのが難しくなるでしょう。その意味で、自動販売機を例にして紹介していくのが分かりやすいでしょうね。
 いいですか、自動販売機は、ボーっと立っているようで、確実に売上を上げていっているわけですよ、それは分かりますよね」

はい

「さっき、山田さんが仰っていた『①営業成績が良い②押しが強い③話が上手い④忙(せわ)しない』を当てはめてみてどうでしょう?」

「営業成績はいいかもしれませんね。ただ、押しが強いですか?話が上手いですか?忙(せわ)しない感じがしますか?どうでしょう?営業成績以外は当てはまらないと思いませんか?」

そうなりますね。

「そうなんです。ですから、そこにポイントがあるわけではないんです。ただ自動販売機と営業マンとの徹底的な違いがありますので、それは後程ですね」

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