雪国の城下町在住。短い小説のようなものを載せています。

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最近の記事

散る花

この人は私の顔を見るといつも「可愛い」だとか「綺麗」だとか言って褒めそやした。 なんとなくくすぐったい感情を抱いたのはほんの初めのうちだけで、それはあっというまに苦痛へと変わる。 私は自分の顔が美しいという自覚があった。 気づいたのはおそらく小学校の高学年の時だ。大人たちの言う「可愛いね」という言葉が、全般的な子どもに向けられるそれとは種類の違うものだと気づき始めたのがその頃だった。 いやらしい目で見てくる大人がいることにも気づいていたし、怖い目に遭う時もあった。 実際の経験

    • シュガータイム

      そのことについて人に話せばきっと、「それは旅先で気持ちが開放的になっていたせいだ」とか「苦しかった日々から抜け出して少しハイになっていたのだ」とか言われてしまうのだろうけど、私自身は単純にそういうことだけではなかったと自覚しているし(そういう要素も多少はあったことは認めるけれど)、もし百パーセントそうだとして何がいけないのだろうと思う。 これは開き直りなんかではなくて、誰かを好きになるきっかけって、みんなが言うほど崇高なものではないと思っているからだ。 私が南の島に旅行をす

      • 夢喰い

        今になって考えてみても、やはり彼女は少しばかり“オカシイヒト”だったのだと思う。 彼女のことを思い返すとき、その記憶の風景はまるで白い霧がかかった朝の湖のように幻想的で、それが本当に起きた出来事だったのか少しばかり考え込んでしまうのだ。 夢のような出来事だった。と、一言で表してしまえばとても簡単だし、実際そのような出来事を経験することはたまにある。 例えばきらびやかな何かのショウを観たときだとか、好きで好きでたまらなかった人とついに一夜をともにしたときだとか。 だけど彼女の記

        • 彼方の声

          目が覚めると、辺りはまだ暗闇だった。 サイドテーブルのライトに手を伸ばし、スイッチボタンを押す。 ぼんやりとあかりが灯るベッドルームは、清潔なクリーム色で統一されている。私が毎日綺麗に掃除をし、居心地が良いようにと心かげていることも、何だか一気に虚しい気持ちになる。 隣を向くと、夫が死んだように眠っている。 そのまま死んでくれてもいいのに、と不意に思ってしまうことに、私はかるい絶望を覚える。 私はため息をつき、再び目を閉じる。 夢を見た。幼い頃の夢を。 小学校、中学校とずっ

        散る花

          その下にあるヘヴン

          不意に足元の地面が抜け落ちる感覚がして。 おれはそこから転がり落ちたのだけど。 誰かにを押されたような感覚がした。 それが気のせいだったのかどうか、振り向いて確認することも出来ないまま。 地面に叩きつけられた衝撃で、おれは意識を失った。 もう目覚めなくてもいいのに、と意識を失う瞬間に思ったのだけど。 神様は意地悪だった。 「ユウくん?」 目が覚めた。 鼻をつく消毒薬のつんとした臭いと、覚めたばかりの目に眩しい真っ白な壁。 薄ぼんやりとかすむ意識。 少し視線を動かすと、毎日

          その下にあるヘヴン

          眠り病

          彼女はときどき、冬眠をする。 冬眠、と言っても冬に限らず、春でも夏でも秋でも、もちろん言葉通り冬であっても。 季節も期間も時間もまちまちな彼女の冬眠は、不定期に、そして予想外にやってくる。 予兆は一応あるのだが、その予兆が起こるのが直前すぎて、予兆としてはあまり役に立たない。 冬眠に入る一時間くらい前、彼女はケーキやらチョコレートやら大福やらキャラメルやらプリンやら、とにかく大量の甘いものを買ってきて、それらを凄まじい勢いで食べ始める。 あまりの勢いに僕は見ているだけで不安

          眠り病

          指先に祈りを

          よく人の行動を「予想出来なかった」とか「突然のことだった」とか言うけれど、本当はきっと全然そうじゃない、と私は今、白い空間で小さく息をしながら思っている。 少しずつ発信されているメッセージを、正しく受け取れるかどうかなのだ。 私は今とても後悔しているけれど、メッセージをわずかに感じながらも流れを止められなかったのは、自分の中にある「まさか」を信じる気持ちが強かったからなのだと思う。 先輩が飛び降りたのは、一週間前のことだ。 大学の近くでもないし、住んでいる家の近くでもない、

          指先に祈りを

          ホームシック・ヒロイン

          私は幼い頃から、自分の欲求をおもてに出すのが苦手だった。 赤い自動車のおもちゃが欲しいと大声で駄々を捏ねて泣く弟の横で、私もピンク色をしたうさぎのぬいぐるみが欲しいと心のなかで思っていた。 だけど口には出せなかった。私はあれが欲しい。その一言が、いつも言えなかった。 そして結局欲しいものを手に入れるのは弟のほうで、買ってもらった赤い自動車を手に誇らしげな顔をする弟を横目に、私はいつも、きよかちゃんは良い子ね、勇人みたいに駄々を捏ねたりしないものね、と褒められたのだった。 本当

          ホームシック・ヒロイン

          最後の夜明け

          ひどく冷え込んだ冬の夜だった。 バタバタと忙しなく家を出る準備をしていたら、インターフォンが鳴った。 普段こんな時間に来客なんてないのに、どうしてこんな時に限って。 思いながらも仕方なく玄関に走り、はい、と言いながらこちら側からドアを押した。 「え?」 思わず心の声が出た。 そこに立っていたのは、幼馴染のナオトだった。 「おう」 「おう、って。何で…?」 「いやー、ちょっと挨拶に来たよ」 ナオトは私の返事を聞かず家にあがりこんだ。私は慌てて彼を追った。 勝手にこたつに入ってく

          最後の夜明け