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【ものがたり】ショートショート

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短い物語を。温かく見守ってください。修行中です。
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#恋愛

満たすモノ|ショートショート

 ぺろり、と上唇を舐めた。生クリームの味。昔あんなに大好きだったのに、今ではちょっと重いなと思う味。 「でね、どう思う? もうほとんど1年もしてないの」  目の前に座る彼女は、あたしと同じものを飲んでるはずなのに生クリームが上唇に付かない。器用だからなのだろうか。 「1年かー。それは長いね」  かく言うあたしは、ほとんど1年恋人もいない。彼女が左手で飲み物を手に取った。薬指の指輪がきらりと光る。自慢のダイヤモンド。 「こども欲しいのに、こんなんじゃ困る」  くいっと寄せられた

【あとがき】無花果の愛

 初めて5000字を超える小説を掲載した。いつも投稿している『ショートショート』のジャンルは800~4000字のものを言うらしい。なので今回は『短編小説』とくくることに。  せっかくなので、あとがきを書いてみようと思い立った。ネタバレというか解説を含むので、本編未読の方はどうか本編を先に読んでいただきたいです。 +++  愛の形ってなんだろう、そう考えたのがはじまりだった。かつては見合い結婚の時代であったし近年は恋愛結婚の時代であるが、その様相もどうやら変化しつつあるらし

無花果の愛|短編小説

 かぐわしい食べものの香りと、人々のさざめきに溢れた空間。温かみのある木でできたテーブルと椅子。男が初対面の場に選んだ店はまさに、ムードがある、と言うに相応しいところであった。その男がお手洗いに立ったタイミングで、溜まった通知を消化しようと千晃(ちあき)は自身のスマホを手に取る。顔認証で画面を開き、その瞬間目に飛び込んだ文字に思わずえ、と声を漏らした。 ――今日なにしてるーん?  少し考え、一旦未読のまま放置して他のメッセージに返信を送ることにする。その作業を終えてちらり

他人同士のクリスマス ~ショートショート~

「君はひとりでもやっていけるんだね」  それが彼の、最後の言葉だった。 ***    はあーっと、白くなる息を薄青い空に吐き出した。今日はイルミネーションがピークになる日。そう、クリスマスだ。  昨年の今頃はディナーで揉めて泣いていたっけ、とぼんやり思い出す。ケーキの味が彼の舌には合わなかった、というのが問題だった。今日の私はパソコンの見詰めすぎで目の奥がずきずき疼いていて、別の意味で泣きたいところ。独身で恋人もいない人は、どうしてこの日仕事でこき使われるのだろう。不条理

毒の酸素 ~ショートショート~

 わたしはきっと、いつになっても思い出す。未来がないと知りながら、君に溺れたあの季節を。空気の匂いが変わる中で、それでも変わらなかったわたしの心を。その心を見つける君の瞳の輝きを。その輝きに熱くなって焼けた、そしてついに焼け切れた、わたしの想いを。 ◇◆◇◆  出会ったのは春だった。初対面の場に遅れてやってきた君は、はじめましての挨拶もなく唐突に話を始めた。 「俺、料理できる人ほんまにすごいと思うねん」  わたしは目が点になっていたと思う。けれどその言葉を皮切りに、彼はぐ

名前のない距離 ~ショートショート~

 いつもの談笑。あほみたいな話で笑っていたのに、急に君は言った。 「いい機会やからさ、決まった人作ろうと思うねん」  へえ、と返した声は平静だったろうか。ひやり、と冷たい液体が内臓を撫でた気がした。  君と私、ふたりの関係に名前はない。だからかな。君は平然と、うん、と言い話を終わらせる。  ここで、探るように私を見てくれたらまだ救われるのに。もしかしたら、踏み込む勇気を持てるかもしれないのに。  私は黙って飲み物を啜る。 「恋人ってさ、どれくらいの頻度で会いたいもん

ほどけるプリン ~ショートショート~

 パチパチパチ……。PCのキーボードが鳴る音が響く。音を立ててキーボードを押し込むと、なにかをしている実感が出て良い。それに今このオフィスには誰もいないのだから、騒音だとか気にする必要はない。いっそ歌でも歌ってやろうか。  iPhoneに手を伸ばし、お気に入りの曲を流そうとして気づいた。 ――新着メッセージ1件  FaceIDで開く画面は、すぐにそのメッセージの内容を表示する。 ――最近どう?美味しいプリンがあるんやけど、久々に会わへん? 「ありゃ」  思わず漏れた声

慰めのデュエット ~ショートショート~

 貴方は狡い。私は何度も何度もそう思う。けれどそんなの貴方は分かってるだろうから、顔に出してなんてあげない。欲しそうな言葉をかけてなんてあげない。  私はいつでも笑顔で、優しい。優しく貴方の言葉に頷くだけ。 ◆◇◆◇  その日、私は珈琲を飲んでいた。昨夜はちょっとした飲み会で、その後男の家に泊まりに行ったものだから帰宅が遅かったのだ。夕方まで寝ていたから夜になっても全く眠気が来ず、いつもの場所でいつものお酒でなく珈琲を飲んでいる。  貴方はものすごく落ち込んだ様子でやって

それで君は幸せになれるの? ~ショートショート~

「またあかんかった!」  電話口の友人は今日も元気だ。私は見ていたアニメの音量を下げて、彼女の話に耳を傾ける。どうやらまた、男とうまくいかなかったらしい。 「またかよ~。ほんまあほやな」 「もういやや! なんでどいつもこいつもこうなんの!」  喚くくらいならやめればいいのにと思う。彼女はいつもいつも、だいたい同じ経緯でだめになっているのだから。だから私は笑いながらそれを指摘する。 「すぐヤるからやん?」 「いやだってまあ、楽しいし、求められたら嬉しいやん?」  返答に苦笑いし

不幸だなんて誰が決めたの ~ショートショート~

「またあかんかった!」  叫んだのは、私。26歳のいい年した大人が自宅で電話に向かって喚いているわけだ。電話の向こうにいる10年来の友人は、私の台詞に苦笑を返してきた。 「またかよ~。ほんまあほやな」 「もういやや! なんでどいつもこいつもこうなんの!」  私はつい先日の合コンで会った男と、いわゆるイイ感じになっていたところだった。ところがそこで、ぷっつりと連絡が途切れて、今に至る。  男にフラれて、――フラれるほどの仲にもなっていないのだけれど――、とにかく関係が駄目になっ

あめのこおひい ~ショートショート~

 雨の日は嫌いだ。  あの日、初めて勇気を持って告げた「いやです」の言葉が頭でリフレインする。その後に続く、あなたの「ごめん」も。 ◆◇◆◇ 「雨の日は珈琲を飲むといいらしい。香りが立つんだって」  嬉しそうに報告するあなたは、どこでそんな知識を手に入れたのやら。紅茶党の私はたいして興味もなく、ふうんと返しただけだったけれど。  香りなら紅茶の方がいいと思う。フレーバーティーというのも今流行っているから、本当に色々な香りがあって飽きない。  私の素っ気ない態度にもめげずに

好キダト言ヘズ 好キダト言ハレズ サウイフモノニ ワタシハ ~ショートショート~

 縞子(こうこ)は、流行りの肉食女子だ。気になる人がいれば自分からガンガン話しかけに行くし、その場の主導権は握りたい。多少強引にでも自分のペースに巻き込む。これができるだけのコミュニケーション能力は培ってきたし、だいたいの人からは好感を持ってもらえるだけの愛嬌もある。  そんな縞子だからよく、モテそう、だとか、彼氏いそう、だとか言われる。「え~、募集中なんですけど~」と、おどけて答えるようにはしているけれど、内心では苦虫を嚙み潰している。  それができたら苦労はないのだ。

力も愛も ~ショートショート~

「これはね、愛があるからなんだよ」  あたしを追い詰めたあと、君は必ずそう言う。  あたしは涙を拭って、肯定の言葉を呟く。   「これだけしても一緒にいてくれるって実感したいんだ」 「だからね」 「他のだれかが君を痛めつけたら、おれは怒るよ」  なんて君は勝手で  なんて大きくて  なんて強いんだろう。  あたしはまた涙を拭って、肯定の息を吐く。 「君を痛めつけていいのはおれだけで」 「おれが痛めつけていいのは、君だけなんだから」  嗚呼、なんて満足気なの。