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慰めのデュエット ~ショートショート~

 貴方は狡い。私は何度も何度もそう思う。けれどそんなの貴方は分かってるだろうから、顔に出してなんてあげない。欲しそうな言葉をかけてなんてあげない。
 私はいつでも笑顔で、優しい。優しく貴方の言葉に頷くだけ。

◆◇◆◇

 その日、私は珈琲を飲んでいた。昨夜はちょっとした飲み会で、その後男の家に泊まりに行ったものだから帰宅が遅かったのだ。夕方まで寝ていたから夜になっても全く眠気が来ず、いつもの場所でいつものお酒でなく珈琲を飲んでいる。
 貴方はものすごく落ち込んだ様子でやって来た。気づいたのは私と一緒にいた友人。
「なんかあった?」
 その声で、私も貴方を見る。憔悴、という言葉がぴたりと当てはまるだろうという様子だった。
「うん……」
 貴方はきっと、甘えることを知っている。だから私たちに話す。私は貴方じゃないから、ただじっと話を聞くだけ。
 分かる、なんて軽率な言葉をかけないようにして。同情も憐憫も見せないようにして。
 どうしたらいいん? なんて問いに、私は答えを返せないの。
 どうなるんやろう? なんて問いに、答えなんて出せないの。

 夜が更けて友人は帰り、残ったのは貴方と私。カラン、とあなたのグラスの氷が鳴る。
「なあ」
 私にかかる声。こうなること、私は予想してた。
「慰めて」
「どうして欲しいん?」
 尋ねる前に分かっている。私はいつも、この人を抱き締めたくて仕方がない。可哀想で、気の毒で、とてもとても頑張っている貴方。
「よしよしってして」
 無防備に身体を預けてくる貴方を、私は抱き締める。頭を撫で、背中をとんとんたたく。ぎゅっとしがみつく姿はまるで子どものようで、でも子どもでないこと、ちゃんと分かってる。
「抱いていい?」 
 だから、こうなることも予想していた。私が拒否しないこと、貴方分かって言ってるでしょう。いつも貴方は、弱ったときにお酒を飲んで私を抱く。
 弱った人を拒絶できるほど、私はちゃんとした人間じゃない。
 こうやって、昨夜私を抱いた男の感覚は上塗りされる。それを少し寂しく思う私と、気付かない貴方。唇だけは昨夜のまま。貴方は私に接吻しない。
 独り善がりな動きで、それでも私に、気持ちいい?と訊く貴方。私はそれに頷き、昨夜の男から連絡がないことへの不安をいっとき忘れる。
「やっぱり、人に癒されるって大事やな」
 なんて独り言ちる貴方は、そのまま眠りの世界に落ちる。私を抱き締めた腕は投げ出されたままに。
 私は眠れない。貴方を腕枕する右手が痺れているし、身体が火照って熱いから。貴方は頓着しないんでしょうけど。
 朝方に、次の約束も感謝もないただの別れを終えて。次に会った貴方はいつもの場所で、まだ落ち込んでいる様子で笑っていた。
 私の目の前で他の女にケチをつけて、1日中一緒にいて癒してくれる人が欲しいだなんて嘯いて、子どもがほしい話だとかモテる自慢だとかしちゃって、いったい私にどんな反応を求めて何を言わせたいのかな。


◆◇◆◇


 貴方は狡い。私は何度も何度もそう思う。けれどそんなの貴方は分かってるだろうから、顔に出してなんてあげない。欲しそうな言葉をかけてなんてあげない。
 私はいつでも笑顔で、優しい。優しく貴方の言葉に頷くだけ。


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ちらっと過去作もご紹介。


 

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