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他人同士のクリスマス ~ショートショート~

「君はひとりでもやっていけるんだね」
 それが彼の、最後の言葉だった。

***

 
 はあーっと、白くなる息を薄青い空に吐き出した。今日はイルミネーションがピークになる日。そう、クリスマスだ。
 昨年の今頃はディナーで揉めて泣いていたっけ、とぼんやり思い出す。ケーキの味が彼の舌には合わなかった、というのが問題だった。今日の私はパソコンの見詰めすぎで目の奥がずきずき疼いていて、別の意味で泣きたいところ。独身で恋人もいない人は、どうしてこの日仕事でこき使われるのだろう。不条理だ。

 街には冷たい風が流れているのに、あちこちから漂う温かな匂いと甘い雰囲気が、今日は特別な日なのだと知らしめる。そんなことしなくていいのに。幸せな人間たちは、惨めな人間もいるということを忘れるのだろうか。

 はあーっと、もう一度白い息を大きく吐いた。雪が降らない、微妙なラインを攻めてくる寒さ。いっそ雪でも降ってくれれば、惨めさもピークを通り越してロマンティックに変わるだろうに。
 自分ひとりのために、ケーキでも買って帰ろうかな。小さな白いホールケーキ。デパートに向かおうと足を方向転換させたところで、スマホが震えたことに気づいた。顔認証に開いた画面に表示される名前に、ちょっとだけ目を見開く。

――仕事おわったー?

 寒さでかじかむ指を、極力ささっと動かす。

――さっきおわったとこ!めちゃこき使われてた(笑)

 様子見の語尾。ひとまず足はデパートに向かう。期待しないよう、雑踏に意識を向けて前へ前へ。右手はしっかりスマホを握りしめる。震えにすぐ気づけるように。

――俺んちでケーキ食べよ!

 君はあっさりと私の心を崩す。今日は何の日かわかってる?そんなの言われたら期待しちゃうのわかってる?
 君はきっと全部わかってるんだろう。嗚呼、私も同じくらい君を惑わせたらいいのに。なんにも意識しない振りをして返事をする。

――よいよー! 私今○○屋の近くおるから買っていく! 何がいい?

――チョコレート!

 即座にくる返信。一緒に買おうなんて言わないのも分かってたよ。

 ツヤツヤ光るチョコレートケーキを買って帰る。ホイップのチョコレートで飾られたケーキよりも大人な気がするから。

 最寄り駅で待ち合わせる。いつものスーツを着た君に小さく手を振る私。いつも仕事へ行くときより、ちょっとだけ気合を入れてきてよかった。
 ケーキの箱を揺らさないように気をつけながら、君と並んで歩く。君の手には仕事の鞄と某チキン屋さんの袋とワイン。今日という日の定番。

 街を彩るイルミネーションに微笑みが零れる。急に、目に見える世界が優しくなった。
 君は温かいから、今日は寒いなんてことはない。明日は休みだからゆっくりできる。きっとばかみたいなことで笑い合って、笑いあったまま眠るんだろう。
 他人同士の私たち。今は一緒にいる私たち。理由なんて探せばいくらでも作れるんだろう。けれど理由を口に出さずに一緒にいたい、なんて思うのはわがままかな。

***


「うん。ひとりでやっていける」
 そう返した言葉は嘘じゃない。けれど、ひとりでやっていきたいわけじゃないんだ。


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