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好キダト言ヘズ 好キダト言ハレズ サウイフモノニ ワタシハ ~ショートショート~

 縞子(こうこ)は、流行りの肉食女子だ。気になる人がいれば自分からガンガン話しかけに行くし、その場の主導権は握りたい。多少強引にでも自分のペースに巻き込む。これができるだけのコミュニケーション能力は培ってきたし、だいたいの人からは好感を持ってもらえるだけの愛嬌もある。
 そんな縞子だからよく、モテそう、だとか、彼氏いそう、だとか言われる。「え~、募集中なんですけど~」と、おどけて答えるようにはしているけれど、内心では苦虫を嚙み潰している。
 それができたら苦労はないのだ。


 縞子は今年二十八歳になる。過ぎ去った第二次ウェディングブームの頃に、5年付き合った彼氏と別れた。親に挨拶して同棲までした相手だった。
 友人のInstagramには、続々と結婚式やドレスや指輪の写真が上げられて、そうでない友人は子どもの成長を上げている。縞子はと言えば、友人と飲みに行った写真くらいしか上げるものがない。でもそれも、「旦那との約束が~」とか「子どもの面倒が~」とかいう理由のある人は来られないから、余り物のメンバーで固定化されている。
 余り物。世間では、パートナーや家庭を作れない女性を「余り物」と呼ぶ。
 縞子は、自分がまさかそうなるだなんて思ってもみなかった。否、嘘である。そうなる予感があったからこそ、縞子は前の彼氏と5年も付き合ったのだ。結局別れてしまったけれど。


「結婚したいな~」
 赤ワインを片手にぼやく縞子に、麗奈は呆れたような目を向けた。
「それちゃんと本気で言うてる?」
 麗奈は酔っている。縞子も麗奈も同じくらいお酒に強いけれど、見た目に出てしまう縞子と違って、麗奈は全く見た目に出ない。その代わり記憶をなくす。
「本気本気」
 ワインはシラー。縞子はちょっと、ワインにはうるさい。対して、麗奈の手元にあるのはハイボールだ。
「そういうさー、ちょっと気取って見えるとこ、もったいない!」
「気取ってる? わたしが?」
 本気で驚いて目を丸くする。気取ってる? ちょっと親しくなったらすぐいじられてアホ扱いされてる縞子が?
「そうそう。ワインとかさ、飲む女、だいたいの男は苦手だよね」
「えー、そんなん言われても、好きなもんはさー」
「そういうとこー!」
 ふうん、と頷いて縞子はワインを飲んだ。あまり真剣に聞いていないあたり、縞子の本気は程度が低いのだろう。けれども、いつ聞いておけばよかったと思うかも分からないから、話は記憶しておく。
「ぬるっと生きてたら結婚できると思ってへん?」
 ちょっと普段よりきつめの、でも酔っ払った状態では普通の麗奈の言葉に、縞子は内心ぎくりとした。
 正直、思っている。と、言うか、周りがあまりにもぬるっと結婚しているように見えるものだから、流れに身を任せていればそのうちできるんでは?と思っている。けれど口に出しては否定する。
「そんなことないってー」
 またワインを飲む。グラスが空になる。今日は少しペースが早いけれども、明日は休みで特に予定もないから、気にしないことにする。グラスで先ほどと同じワインを注文する。
 麗奈は縞子に新しいワインが運ばれてくるまで見守り、それから口を開いた。
「どんな人がいいん?」
 よく訊かれることだ。縞子はいつでも、無難な答えを準備している。けれど今日はなんとなく、そういう答えを口に出す気分にならなかった。
「うーん、いちばん好きってわけじゃなくても一緒におれる相手かな」
 麗奈の顔にはてなマークが浮かんだ。大きな目が小造りな顔からこぼれ落ちそうになっている。
「なんか、いちばんって、いつかそうじゃなくなるやん? やから、そうじゃなくなっても一緒におれる相手がいい。なんか単純に、ゆるく居心地がよければ」
「なんやそら」
 補足説明をすると、麗奈は笑った。
「そんなん友達やん」
「そうそう。友達みたいな人のがいいわ。そんな好き好き言われへんくていいし、言いたくもないし、余裕もって気遣わんとおれる方がいい」
 言いながら、ぼんやりとかつての恋人を思い出す。たぶん、縞子は疲れたのだ。恋愛という、こうあらねばならぬという関係に。お互いのいちばんであらねばならぬという重圧に。
「えーもうじゃあ、松田くんでええやん」
「松田は無理やなあ、彼女おるし」
 ケラケラと笑う。
 そう、縞子は、友達みたいに楽に、お互いがお互いに好きなところがあるからという単純な理由で一緒にいたい。好きだ好きでなくなったなど、もうたくさんなのだ。

 その日は結局終電を越すまで飲んだ。麗奈とは徒歩圏内に住んでいるし近場で飲んでいたから、電車なんてそもそも関係ないのだけれど。
 会計を済ませて店を出ると、麗奈の夫が迎えに来ていた。縞子とも顔見知りのため少し世間話をして、別れる。別れる直前に、麗奈が縞子の目を見た。
「好きって言い合わへんのも、なんか寂しい気するけどなあ」
 それだけ言って、じゃ!と手を上げて去っていく。仲良く夫と腕を組むその後ろ姿を見送って、縞子はひとり家路についた。
「寂しい、かあ」
 縞子は知っている。その寂しさを。それがなくなった寂しさを。だからいっそ、最初からなかったらよいと思うのだ。

「ふう」
 溜息でもない、ただの吐息がこぼれた。頭上に浮かぶ月は丸いけれど、満月ではない。
 麗奈の問いかけが頭に浮かぶ。どんな人がいいか、その問いの本当の答えを、縞子はまだ持っていない。

 答えは出そうにないな、と月を見上げて思う。とりあえず今日は、家に置いてあるワインでひとり飲み直そう。確か、家にあるのはピノ・ノワールだった。甘くて軽いワイン。
 甘い関係と軽い関係、どちらを選ぶかは感じるワインの味によって決めようと思った。
 味覚は、五感の中で身体の中に一番近い。だからきっと、教えてくれるだろう。
 好きだと言い合える関係を、いちばんだと言い合える関係を、縞子が腹の底から求めるのか求めないのか。 


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あなただったら、どういう人とのどういう関係を求めますか?  

 

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