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【危機】シードバンクを設立し世界の農業を変革した伝説の植物学者・スコウマンの生涯と作物の多様性:『地球最後の日のための種子』

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聞き馴染みのない「シードバンク」を設立したスコウマンは、世界の農業を救った

スコウマンとは何者か?

本書は、「伝説の植物学者」と評されるベント・スコウマンを取り上げ、彼の功績を追いながら、「世界の食料」がどのようにして守られているのかについて綴った作品だ。

そもそもだが、多くの人が「シードバンク」(あるいは「ジーンバンク」)という名前を耳にしたことがないのではないかと思う。私も、本書を読むまで知らなかった。「バンク」とは「銀行」のことであり、つまり、「銀行のように世界中の作物の種(遺伝子情報)を保管している場所」というわけだ。そしてスコウマンはそんな「シードバンク」を立ち上げた人物であり、彼のように種子を収集・保管する人を「シードバンカー」(あるいは「ジーンバンカー」)と呼んでいる。

スコウマンは、作物の多様性を維持することによって世界の農業を守り、さらに世界中から飢餓をなくすという信念を持って行動し続けた。彼のお陰で、作物の栽培に何か重大な問題が発生した場合でも、それに対処するための武器を手にできるようになったのだ。

その功績について、かつて『タイム』誌はこう評したことがある。

人々の日々の生活にとって、ほとんどの国家元首より重要な人物である。

一介の植物学者が、一国のトップよりも重要だというのだから、その貢献の偉大さは想像に余りある。そしてそんな偉大な人物のことを、私を含め恐らくほとんどの人が知らずに生きているのだ。

彼がどれほどの慧眼の持ち主だったのかを示すエピソードが冒頭で紹介されている。

1998年に小麦業界で「黒さび病」が発見された。「黒さび病」は小麦の伝染病の中で最も手強いもので、原因となる真菌が風に乗って国境を越えることで、世界中の小麦が感染してしまうのだ。1998年に発見されたこの「黒さび病」には「Ug99」という名前がつけられた。私を含め多くの人はまったく知らなかっただろうが、この「Ug99」は農家にとって大問題だったのだ。

小麦の世界で何か恐ろしいことが起きていて、世界の一握りの科学者たちが、日々のパンに甚大な影響を与える疾病の撃退方法を必死に探していることなど、思いもよらなかったに違いない。

スコウマンが「シードバンク」を準備していたお陰で、人類は小麦を失わずに済んだ。もしかしたら我々は恐ろしい食糧不足に見舞われていたかもしれない。そうならなかったのは、スコウマンが「未来に起こりうる問題」を正しく予測し、それに対処するための準備を行っていたからだ。

我々が日々食事に困らず生活できるのは、大げさではなく、スコウマンのお陰なのである。

「作物の多様性」の重要性と、多様性が消失した場合のリスク

私が本書で初めて「シードバンク」という存在を知った時、こういうイメージをした。地震や隕石など、世界的な大災害が起こった場合に、問題なく農業を再開できるように準備しているのだろう、と。

しかし、その想像はまったく違っていた。そんな「起こるかどうか分からないリスク」に備えたものではなく、「グローバルな世界で農業を行う上で必然的に起こり得るリスク」を見据えたものだったのだ。

さてここからしばらく、「育種家」と呼ばれる人たちの話に触れていこう。「育種家」とは、作物の改良を行う人たちのことだ。現代のテクノロジーなら、遺伝子を組み替えるなどのやり方で品種改良が行えるだろうが、彼らはそんな技術のない時代から、様々な作物をかけ合わせ実際に育ててみることを繰り返すことで、新たな品種を生み出してきた。

それがどんな作物であっても、「効率よく収穫できる」「収量がそれまでのものより増える」という性質の獲得は喜ばれるだろう。あるいは、「本来なら暑い地域でしか育たない作物が寒冷地でも栽培できる」「塩害に強い」などの性質も重要だ。このように、求められる性質を持つ品種を生み出す人たちを「育種家」と呼ぶ。スコウマンも、元々は「育種家」だった。

さてここで、ある育種家が「スーパー小麦」を生み出したとしよう。それは、これまでに存在した小麦の性質をすべて持っている、これ以上ないほど完璧な品種だ。収量が多く、効率よく収穫でき、暑くても寒くても育てられ、塩害や乾燥に強いとなれば、当然、世界中の農家がこの「スーパー小麦」を育てたいと考えるだろう。飛行機が当たり前の存在になる前は、ある地域で生まれた品種を海を隔てた別の地域でも育てることはなかなか困難だっただろうが、現代ではおそらくこの「スーパー小麦」はすぐに世界中に広まるはずだ。

この「スーパー小麦」は収量が多く、効率よく収穫できるのだから、世界中の農家が栽培すれば、世界の小麦の生産量は格段に上がるだろう。地球では、2050年までに世界人口が90億人に達すると考えられており、その場合、今より75%以上も食料を増産しなければ追いつかないそうだ。となれば、この「スーパー小麦」が世界中に広がることは喜ばしいことだろう。

しかし、必ずしもそうとは言えない。何故だろうか? ここに「作物の多様性」が関係してくる。世界中でまったく同じ小麦を生産すると、多様性が消失する。そしてそれはとても危険なことなのだ。

何故か。

先ほど、1988年に「黒さび病(Ug99)」が発見されたという話に触れた。世界中で様々な品種の小麦が栽培されていれば、その中のどれかは「Ug99」に対抗し、生き残るかもしれない。しかし世界中どこでも同じ小麦を育ててしまえば、もし「スーパー小麦」が「Ug99」への抵抗力を持っていなかった場合、世界中の小麦は全滅してしまうことになるのだ。

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