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「シベリアからの奇跡」詩

母さんが大事にしていた 柳行李(こうり)
色は 飴色になりピカピカ光る。
蓋を開けると 出征時に作られた ボロボロの日章旗。
父さんが ゲートル巻いて 敬礼した旗だ。

父さんの出征式は セピア色のまま
心のアルバムに はっきり 焼き付いている。

家の前には 近所の人たちが集まる。
手には 打ち振る 日の丸小旗
白い割烹着に 襷(たすき)がけ姿。

ミカン箱の上に立った 父さんは
軍服姿で 軍帽を目深にかぶる。
赤い襷と「祝出征 立山礼君」と
書かれた襷を 交差がけしている。 

直立し きついまなざしで
甍の先にある 曇り空の一点を
訴えるように 見つめている。

多くの のぼり旗が 木枯らしに 揺れる。
「立山 礼君 バンザイ バンザイ」
沸き起こる 歓呼の叫び
敬礼をしたまま 石造のように 立ち尽くす。

母さんは 僕をギュッ強くと抱いて
無表情な顔で 父の傍に立ち
何度も 頭を下げる。

「お国のために 必ず 武勲を立てて参ります」
かすれて 喉から 絞りだされる声だった。
「天皇陛下バンザイ」の声が 
狭い裏通りに 再び 響き渡る。

最後に 父さんは 僕を抱き上げて 頬ずりした。
伸びた髭が チクチクと痛かった。
耳元で つぶやく・・
「坊、男の子だ。 母さんのこと頼むぞ」
タバコの匂いだらけの 声だった。

数年で 戦争は終わった。
父さんは 帰ってこない。
「ご主人の部隊は 北満州で 全滅しました」と
役所の人は 乾いた声で 記録を読み上げる。

遺骨の無い父さんの 墓が建てられた・・

戦後 数年が経った。

イチョウが黄色の ドレスを纏う頃
軍事郵便と書かれた ハガキが届く。
「シベリアで抑留中。健在なり」
父さんの 下手な字だった。

母さんは 細い指先で
健在の文字を 幾度もなぞり続け、
僕をいつまでも 抱きしめた。

そのハガキは 柳行李の一番上に 
いまは 家宝となって 大切にしまわれている。 


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