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俺ガイルを読んだら、嫌われる勇気が身についた話 Part1

皆さまは「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている(通称:俺ガイル、はまち)」というアニメ作品をご存知でしょうか?

2011年3月から2019年11月までガガガ文庫から全17巻(本編14巻、外伝3巻)、アニメ、コミカライズ、ゲームも展開されている作品となっています。
参考:やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。(wiki)

ライトノベルにありがちな長文タイトルでありますが、異色・異端の学園ラブコメが本作品です。

この作品は一般的などこかニヤッとしてしまうラブコメではありません。

物語の起承転結があるなら、「結」の部分が歪んでいる作品で、そこに引き込まれてしまう魅力があります。

過程が褒められたものかどうかは定かではないが、それでも成果は上がった。

作中にも本言葉があるように、この物語は「誰かが救われない青春劇」となっています。

しかし、そこから2013年有名になったアドラー心理学を要約した「嫌われる勇気」と関連することが多く、むしろ、嫌われる勇気を身に着けるための実践本と私は思っていているので、そのことを書いていきたいと思います。(内容のネタバレ含みます)

今回は「承認欲求を脱する方法」がテーマです。

1:【物語全体のあらすじ】(知っている人は読み飛ばしてください)

「結局、人が考えるのは自分のことだけなのだ。隣の人が何をしているか問う行為はその他人と自身とを比較検証し、では自分はどうであるかと考える行為に他ならない。」

この言葉を使うのは、本作の主人公、クラスの陰キャラ系ボッチ「比企谷八幡」の考え方です。

そんな彼を取り巻くヒロインとして、同じボッチ(正確には孤高の存在)であり、基本的にハイスペックでクーデレの「雪ノ下雪乃」

クラスのカースト上位、天真爛漫でちょっとおバカな「由比ヶ浜唯」が主な登場人物となっています。

図2

この3人は、あるキッカケで奉仕部という部活に所属していて、活動内容としては、簡単に書くと「生徒のお悩み解決」を放課後に行っています。

最初は積極的に参加していたわけではないが、活動を重ねるにつれて3人は理解、そして思想のすれ違いを起こしていくのがこの物語です。

特に、主人公の「比企谷八幡」に関しては、対外的には褒められない方法で課題を解決していきます。解決方法は、基本的に自己犠牲的な手法。

このような煮え切らない終わり方をしながらも、どこか没頭してまう物語が「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている」となっています。

※今回は8巻の内容(アニメ第二期3話~5話)を取り上げます。理由はこの巻が好きだからです。


2:【今回の主題のあらすじ】生徒会選挙の課題「自己犠牲を選択する主人公」

「自称サバサバ系や自称毒舌がただのデリカシーに欠ける人間的なカスであるのと同様、聞いていもいないのにわざわざ自分を定義してくる奴は大抵ろくでもない人間であることが多い。自称天然もこのパターンだ」

上記のように主人公に評価されたのは、今回のお悩み人の「一色いろは」です。この巻初登場であり、あざと可愛い1年生の後輩キャラ。

生徒会選挙に勝手に立候補されて、落選したいというのが今回のお悩み。要約すると「いじられキャラのわたしが悪ノリで気づいたら生徒会長に!」みたいなこと。

条件としては、

選挙の期間まで短く、他の代理人を立てることができない。また代理人を立てるとしても30人以上の署名が必要。(「一色いろは」は勝手に30人に悪ノリとして立候補させられた。かわいそう。)
・「一色いろは」の担任が人の話を聞かない系で、選挙立候補に盛り上がってしまい辞退ができない状況。
・他候補者がいない、またルックスは悪くなく校内の人気もそこそこ獲得できそうな「一色いろは」がこのままでは当選してしまう。

この3つの条件が現在の状況。切羽詰まった状況であり解決策がすぐには見出せないでいます。

だが、ここで主人公の「比企谷八幡」は、一色いろはの応援演説を実行する人がいないことに目をつけて、一つの解決案を提案します。

「応援演説が原因で不信任になるなら、誰も一色のことは気にしないだろう」

比企谷八幡が毎度おなじみの自己犠牲の案を挙げてきます。それに対し、比企谷八幡のことが心配する雪ノ下雪乃、由比ヶ浜結衣はその方法を認めるわけにはいかないと発言。

しかし、ヒロイン2人の反論は合理性と確実性に欠けるのもの。

「投票までの間に、人選と交渉と選挙活動。全部できると思うか?それも確実に勝たないといけない。現実的な当てがあるならまだいい。でも、現状はそうじゃないだろ」

比企谷八幡の言葉に沈黙する2人。しかし、このやり方を認めるわけにはいかない雪ノ下、由比ヶ浜は別の方法を模索し、部活内の合意が得られず、3人は課題に対して、別々の解決方法を取ることになっていきます。(続きは次回noteで記載します。気になる方はアニメか、ラノベか、コミックを読んでみてください!)

図3

3:自分が「自己犠牲」と思わなければ、その人は「自由」である -承認欲求を脱する方法-

図4

なぜ比企谷八幡の自己犠牲と、雪ノ下雪乃、由比ヶ浜結衣の関係に違和感を感じるのでしょうか。

自己犠牲と言うと、一般的なイメージは

「他者に嫌われたくないから、好かれたいから、自分の実行したくないことを行い自己を犠牲にする」

このイメージが強いです。

しかし、本主人公の「比企谷八幡」はそのような意味合いでなく、課題に対して真摯に取り組み、自己犠牲ではなく課題解決の正攻法として捉えています。

実際に作中では、今までの自己犠牲と見える課題解決方法を

「いつも、ひとりだからな。そこに何か解決しなきゃいけないことがあって、それができるのは俺しかいない。なら普通に考えてやるだろ」
「周囲がどうとか関係ねぇんだよ。俺の目の前で起きることがいつだってなんだって俺の出来事でしかない。勘違いして割り込んでくんな」
世界は俺の主観だ。俺が選択して失敗をしたなら、それでいい。けれど、その結果を他者に横取りされるのはまるで違う。それは救済者の振りをした簒奪者だ。

と、思考しています。(救済者の振りをした簒奪者ってクールですよね。実際に発言したら痛いですが…)

彼は第三者視点から見ると不幸に見えるが、実はそうではないことが本文から読み取れます。この点が「嫌われる勇気」と重なるポイントです。

嫌われる勇気では、

人間の悩みは、すべて対人関係の悩みである

と定義しています。

この点において、比企谷八幡は、自分と他者を比べることをしません。そのため、彼は悩みなど存在しなく超フリーで生きています。

自分の信じる最善の道を選ぶこと。その選択について他者がどのような評価を下すか。それは他者の課題であって、あなたにはどうしようもできない

これを体現してるのが比企谷八幡であり、彼は他者の課題は自分にはどうしようもできないことを熟知し、自己完結の世界で生きています。

だから、私は彼が可哀想なキャラクターではなく、信念を突き通した自由なキャラクターに見えます。承認欲求を捨てていて、その点が気高く、かっこ良い!と思えるのです。


しかし、彼の生き方に何か違和感があるのも事実です。実際に、ラノベを読んでいるときに「比企谷八幡は何か迷っている…?」と感じます。

これは「仕事」、「友人」、「愛(恋愛、家族)」の人間関係の中で、「仕事」だけの関係で比企谷八幡が捉えているからです。

他2人のヒロインは「交友」、もしくは「愛」で捉えているため、ここの人間関係に違和感が発生しています。

「仕事」の関係は、最もハードルの低い対人関係の深さであり、成果というわかりやすい共通の目標があるので、少しぐらい気が合わなくても協力は可能、協力せざるを得ないところがあります。また、仕事の一点で結ばれているため、仕事が終われば他者に戻れます。

つまり、比企谷八幡は、人間関係を仕事として捉えているからこそ、課題解決に対して真摯に向き合い、交友関係を度返しする傾向があります。しかし、この認識こそが「嫌われる勇気」の考え方の基礎ともなっているのが面白い点かと思っています。

しかし、比企谷八幡も雪ノ下雪乃、由比ヶ浜結衣との関係を深層心理では、仕事と捉え切れていない部分があり、自覚していない葛藤がこの8巻前半から読み取れてきます。この後の話は、その関係性についてどのように考えていくかが中心に物語が展開されていきます。「嫌われる勇気」を仕事の交友関係を超えて、折り合いをつけていくのが比企谷八幡の今後の成長物語となっています。

まず比企谷八幡のような「承認欲求を脱する思考」になって嫌われる勇気を取得出来たら嬉しいですよね。そこで、彼と同じバックグラウンドを体験できれば、嫌われる勇気が取得できるのではないか?と思いました。その方法として

「一度、独りぼっちの世界を経験する。そこで独りでしかいない状況で、何かしらの課題のクリアを重ねて、自分に自信をつけて成功経験を重ねる。」

これで「嫌われる勇気」が取得できるかと思います。主人公の比企谷八幡も学校では、ずっと独りであり、多くのことを自分独りでクリアしていきました。その環境を疑似体験できれば、自分に自信が持つことができ、他人に頼らなくても生きていけるのではないかと思っています。独りであれば、他者が存在しないため自己犠牲を比企谷八幡と同様に捉えることができ、非常に有用な手法になると考えています。

このように、「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている」は「嫌われる勇気」の落とし込みに使えるコンテンツだと思っています。アニメ3期も2020年7月から放送するので、是非みてくださいね(大事)。嫌われる勇気アニメ版です(3期のネタバレはnoteに記載してないので楽しんでください)

Part2 承認欲求を脱した後に、嫌われる勇気に書いてある「共同体感覚」を理解する編に続きます。


※おまけ

現代社会で独りぼっちになるって難しいですよね。SNSでつながりもありますし… そのため、私は取った方法は「外人しかいないバーに行き、翻訳を使わず、酒を飲まず、外人と友達になるです(私は英語が当時苦手でした)

ジェスチャー、絵など様々駆使して、心が折られながらも達成できた時は独りでなんとかなる自信がつきましたね。現代社会の強制独りぼっち法です。

多分、私の方法は「間違っている」ので、他の方法もオススメします。一人で海外旅行、ヒッチハイクなども目標を立てて達成したときは自信につながるかと思いますので試してみてください。

参考書籍

やはり俺の青春ラブコメはまちがっている 8巻 著者 渡航

嫌われる勇気 著者 岸見一郎、古賀史健

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